アルバム曲を田原俊彦が歌ってトップ10入り「『Diamondハリケーン』が1位を獲得して、ますます忙しくなって」

 実を言うと最初はアイドルっぽい曲を提出したのですが、田村さんは「君はアーティストを目指しているのだから、自分のアルバムに入れるような曲でなければ意味がないよ」と。僕のことを考えてくれて、「シンガーソングライターからの楽曲提供」という形にしてくださったのです。

 そして87年、僕は全作曲を手がけたアルバム『JAZZ』で、念願のソロデビューをしました。演奏はカウント・ベイシーや美空ひばりさんとも共演したことがある、 『シャープス&フラッツ』の皆さん。圧倒されるほど豪華なサウンドで、当時21歳の若造のファーストアルバムとしては誇れるものができたと自負しています。

 同じ年、そのアルバムに収録した『赤と金のツイスト』という曲がタイトルと詞を替えて『KID』となり、田原俊彦さんが歌ってトップ10入りしたことから、作曲の依頼が相次ぐようになりました。翌88年には荻野目洋子さんに提供した『スターダスト・ドリーム』と『光GENJI』が歌った『Diamondハリケーン』がチャートの1位を獲得したことから、ますます忙しくなっていきます。一時は、注文を受けているうちに、1日3曲ペースの創作に追われるようになっていました。

 そんな中、「自分が本来作りたい音楽とは違う」と感じるようになりました。それで「例え食えなくなっても、これからは自分がやりたい仕事だけをしよう」と思って作家事務所から独立したのです。

 そんなとき依頼があったのが、NHKアニメ『ふしぎの海のナディア』の主題歌となった森川美穂さんの『ブルーウォーター』 (90年)でした。ありがたいことに今も多くのアーティストにカバーされていますが、自分が思うように作った曲が広く受け入れられたことで、ポップスづくりに対する自信を持つことができました。大きな転機で自分ではここからが第2期と位置づけています。

つづく

井上ヨシマサ(いのうえ よしまさ)
1966年、東京都生まれ。81年テクノバンド『コスミック・インベンション』のキーボーディストとしてデビュー。85年より作編曲家として小泉今日子、中山美穂、AKB48などあまたの歌手に作品を提供する一方で、自身のアーティスト活動も展開。東京2020 聖火リレー公式BGMも手がける。大阪芸術大学客員教授。

井上ヨシマサ『Y-POP』
作家活動40周年アルバムの第3弾。さまざまなメロディやサウンドと、磨きのかかったボーカルが楽しめる。タイトルには常に形を変える ポップスという怪物に対峙してきた井上が遂に決着をつけるという意味合いが込められている。