父親から役者として何かを教わることは一切なかった

「まるっきり表の世界には興味がありませんでした。裏方に興味があったんです。裏方をやりたいと言った時、父がどれだけ喜んだか。逆に、表の世界に入ったときは、どれほど沈んだか」

――そうなんですか?

「うちは兄と妹の3兄弟で、みんな年子なんですが、小学生のとき、夕食を囲んでいたら、オヤジが“みんな将来どんなことをやりたいんだ”と聞いてきたんです。たしか兄貴(俳優の緒形幹太)はアナウンサー、妹はお嫁さんとか、そんなことを言っていた気がします。それを聞いて、オヤジが“とにかく俳優にだけはなるな”と言ったんです。僕はその頃は、まだ何とはっきり決まっていなかったと思うのですが、俳優には興味がなかったので、“絶対にそうはならない。それは自信がある”と返しました」

 頑固者を自負する緒形さんだが、小学生のときの父への返事は覆されることになる。しかし、その後、こうと決めてからはやはりまっすぐだった。

「役者をやっていこうと決めたとき、“10年続けられれば、それは俺は褒めてやるけれども、ここから役者として、俺とお前は他人だぞ” と言われました。それまでは、父と息子の関係でしたが、この世界に入ってから、関係は変わったのかなと思います。役者として、何かを教わることは一切ありませんでした。“俳優という仕事は、自分が自分のスタッフと一緒に築き上げてきたもので、教えられるものではないから、これからはたとえ仕事場ですれ違ったとしても他人だ”と」

 10年どころか、デビューして36年を過ぎ、見事に俳優という仕事を築いている。

(つづく)

緒形直人(おがた・なおと)
1967年9月22日生まれ、神奈川県出身。映画『優駿 ORACION』でデビューし、日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ、多数の賞に輝く。96年には映画『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』にて日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。近年の主な出演作に映画『護られなかった者たちへ』『川っぺりムコリエッタ』、ドラマ『六本木クラス』、松本清張ドラマスペシャル第一夜『顔』、2024年4月クールの日曜劇場『アンチヒーロー』での好演が話題を呼んだ。最新作はアイヌ民族と和人との歴史を描いた映画『シサム』、連続テレビ小説『おむすび』への出演も発表されている。

●作品情報
映画『シサム』
監督:中尾浩之
脚本:尾崎将也
出演:寛一郎三浦貴大和田正人坂東龍汰要潤富田靖子、緒形直人
配給:NAKACHIKA PICTURES
https://sisam-movie.jp/