株式会社ゴンドラは2016年の設立以来、連続で増収を達成。直近3年の平均成長率は22%、前年の9期は100億円を超える売上を計上するなど、まさに伸び盛りの企業だ。その成長の陰には、どんな転機があったのか? 代表取締役社長を務める古江恵治氏に、現在のゴンドラまでに至る、人生のCHANGEを聞いた。

株式会社ゴンドラ古江恵治社長 撮影/有坂政晴

オリコン・小池社長から学んだこと

ーー古江さんは多くの職を経て、2016年に株式会社ゴンドラを設立しました。経営者を志すようになった、転機をお聞かせください。

古江「25歳のときに在籍していた株式会社オリコン(現、オリコン株式会社)で、当時の小池聰行社長に異動を申し出たことが一番の転機だと思います」

ーー異動前はどのような部署にいたのですか?

古江「最初は窓際の部門で、なかなか日の当たらないところでした。それでも職責をまっとうしようと取り組んでいましたが、上司があまり真剣に働かない方々が多く、私自身も若かったため、影響を受けていました。毎日、取引先への営業を1-2件したら、それ以外はずっと上司の愚痴を聞いたりする毎日が続いていたんです。

 ただ、転職したばかりでしたし、半年はとりあえず頑張ろうと耐えていました。それで半年が経過したときに、小池社長に自分は営業で成果を上げたい、営業数字を上げることで会社に貢献したいと伝えました。“異動願い”を思い切って申し出たんです。それで許可をいただいて環境が変わり、そこから運気が変わっていきました」

ーーどの部署に変わったのですか?

古江「広告営業です。レコード会社やプロダクションを中心に音楽業界などに積極的に営業をかけ、数字もできてきて、会社が認めてくれるようになり、見える景色が変わっていきました。数字を出していったことが評価されて、後に代表に就任した小池恒社長に近いところで事業責任者などの業務をやらせていただいたことも大きかったです」

ーーそのときに初めて会社経営というものに触れたのですね。

古江「社会人になってまだ4、5年ぐらいの若輩者でしたが、小池社長にかわいがってもらえて、いろいろな経営哲学を教えてもらいました。そこから、いつか自分も経営者になれたらいいなと、ぼんやり考え始めたんです」

株式会社ゴンドラ古江恵治社長 撮影/有坂政晴

ーー小池社長からはどんなことを教わりましたか?

古江「それこそ、お辞儀の仕方から手紙の書き方、日経新聞の読み方、基礎的なことや人生観・仕事観など教えてもらいました。あとは謙虚に、いろいろな方とフェアにおつきあいしていくということです」

ーー叱られたことはありましたか?

古江「何度も叱られ、厳しく指導を受けました。ひとつあげると、報告などをするときに、“いちいちこっちに質問確認させるな”と、よく言われました。相手に聞かれているようじゃダメ。その前に自分の方から先んじて情報共有をしていくということです。これは今も心がけていて、支配株主の皆さんがゴンドラや自分をどう見ているのか先に俯瞰して考えて、聞かれる前に情報をシェアするようにしています。

 小池社長のそばで経営者の過酷さを知りましたが、それでも会社という公の器、そういう環境を通して社員を幸せにしていく過程も見ました。また、一度きりの人生で、自分の会社や事業を影響力のあるものにしていきたい、そんなことを意識しはじめました」

ーー小池社長から大きな影響を受けました。ほかに、影響を受けた人はいますか?

古江「一番、影響を受けたのは、一昨年、亡くなった父です。ずっと厳しく指導してくれて、これまで褒められたことは一度もないと思います。もともと金融機関で働いていたんですが、若い頃から政治家になるのが目標で、50代のときに一念発起して町議選に出馬しました。一期目の頃は演説が不慣れで大丈夫かなと心配していましたが、4期16年、小さい町ですが町議を務めあげて、最後の方は大勢の人の前ですごくしっかり町のことを語れるようになって、その情熱や努力している姿は素直にかっこいいなと思いました。

 もうひとりは株式会社リクルートの創業者、江副浩正さんです。生前に仕事でお世話になったときに、リクルートの考え方などを教えていただき、すてきな経営者だなと憧れました。実際にゴンドラを創業するときも、リクルートと、私も勤めていたサイバーエージェントグループを足して2で割った企業文化を目指したいと、メッセージで出したんです。リクルートが持っているビジネスを仕組み化していくノウハウ、そして起業家精神。ただ、それだけだと真似しきれないところがあるので、サイバーエージェントの自由に愉しく取り組む社風を取り入れていきたいと考えていました。仕事を通して自己成長、自己実現する、わくわくドキドキできる会社にしたいと考えたんです」