まったく白紙だったAKB48選抜総選挙のシステム
ーーオリコンからいくつかの会社を経て入社した株式会社パイプドビッツで、AKB48選抜総選挙の投票システム開発を受注します。キャリア的にこちらも大きな転機だったと思いますが、どのような経緯だったのでしょうか?
古江「パイプドビッツの前にいたシーエー・モバイル時代に、AKB関係者と交流があって、転職のあいさつにうかがったとき、相談されたんです。2011年に予定している選抜総選挙の投票システムを作れるかと聞かれまして、なにもわかっていないのに“できます。任せてください”って、言っちゃったんです。当時は試用期間だったので、ちょっと必死だったこともありました。
でも、言ったはいいけれど、ぜんぜんわからない。とりあえず会社に持って帰って、こんな相談を受けたと言ったら、“古江が持ってきてくれたんだからみんなで考えようぜ”って。10人ぐらいで時間をかけてスタディして、これならいけるという感じになったんです。急な発注に対応してくれた当時のメンバーには、感謝しかありません」
ーー当時、すでにAKB48のファンは相当数いたと思います。大量の投票に対応するには、やはり苦労が多かったのでしょうか?
古江「すでに100万票以上、政令指定都市の市長選ぐらいの投票が予想される規模だったので。この年は東日本大震災が起きて、選挙の中止も検討していたような気がします。ただ、数日間の検討期間を経て、結局実施をすることになりました。強固なシステム、セキュリティ万全のシステムを作ってほしいとリクエストがありました。また、システム開発だけではなく、第三者機関として事務局のサポートもしてほしいということで、選抜総選挙の問い合わせ窓口も担当しました」
ーー開発において、大変だったことはなんですか?
古江「海外からの、不正アクセスに対するセキュリティレベルの向上です。また、選挙の終盤はトラフィックが一気に増えますので、秒間で何件まで耐えられるシステムにするかが、悩みどころでした」
ーーちなみに古江社長は当時、推しメンはいましたか?
古江「当時はいませんでしたね(笑い)」
ーー失礼しました。そのとおりですね。
古江「打ち合わせなどで、メンバーの方々と接する機会もありましたが、本当に皆さん礼儀正しくしっかりしていて、すてきな方々ばかりでした。好感というより尊敬に近い感情を持っています」
ーー社長室には、指原莉乃さんのサインが入ったアタッシェケースが飾られています。
古江「これは2017年に指原さんが24万6376票を獲得して1位になったとき、司会の徳光和夫さんが読み上げた開票結果が入っていたバッグです。指原さん最後の選抜総選挙だったこともあって、記念としていただきました」
ーー開発の苦労が報われる記念品だと思います。同じく社長室には、“GD7(ゴンドラ セブン)”という、AKB48の神7を想起させるポスターが貼ってあります。こちらに写っている7人は、ゴンドラメンバーの方々ですか?
古江「私自身、メンバーからもお客様からも学んでいきたいと、常日頃、考えています。社には150人ほどのメンバーがいますが、ポイントポイントですごいなと思うメンバーが老若男女、役職問わずにいるんです。GD7は、そのひとりひとりから学ぶ機会を作ろうと考えて作った制度なんです。具体的には、ゴンドラを代表する精鋭7人を私が選び、壁にぶつかったときはどう乗り越えたかなど、一対一でインタビューをします。そのインタビュー動画を全メンバーにシェアして、学びを全員で共有できるようにしています」
ーー毎年、7人を選んでいるんですか?
古江「はい。第一次候補を40人ぐらい出して、そこから7人に絞っていきます。業績だけでなく、仕事に対する姿勢など、尊敬する点や学ぶべき点があると私が感じるメンバーを選んでいます」
ーーGD7があることは、励みになるかと思います。先ほど、オフィスで撮影させていただきましたが、社内の空気がとても良く感じました。柔らかい感じがありながら、適度な緊張感もある、仕事がしやすい雰囲気だと思いました。
古江「社風に関しては、“穏やかにしなやかに”というものを大事にしています。ときには情熱的に取り組むことも大切ですが、必死になると人間はどうしても近視眼的になってしまいます。なにがあっても一喜一憂はしない。コロナ禍のときも、自分以外、誰も会社に来なくなって内心では焦っていましたが、穏やかに“リモートでも頑張ろうと”声をかけて乗り切りました。どんなときも穏やかにしなやかに物事に当たる、そんな企業文化をもち続けていきたいと考えています」