ちゃんと我がままを言おうと
――「優しい時間」ですか? 自分自身に優しい時間。
吉岡「そうです。心地いいなとか、満たされているなと感じるような場所に居続けるのがあまり得意じゃないのかもしれません」
荻上「変わり続けていなければ、お客さんに楽しんでもらえない。だから自分を壊し続けようとしちゃう。私は吉岡さんが演じた矢島の気持ち、分かるんです。壊さないとダメだと思っているから。言葉にするのが難しいんですけど、他の映画とは違うものにしたい。普通じゃいけない感覚」
吉岡「分かります。私もどこかネジを取らなきゃいけないと思っています。ネジがキュっと閉まっているときがあると、“ダメだ、閉まってる”って」
――役者さんは常識と非常識の両方を持っていないといけないと言いますね。
吉岡「私自身、常識的でいたいし、そういるほうが楽なんです。でもきっと見てくださる方々が期待しているのは、見たことのない景色とか、見たことのない表情、価値観、感性みたいなものだと思うんです」
――たしかに観客は見たことのない景色を求めます。同時に、「共感」も得ようとします。
荻上「共感はね。考えると迷うので。作っているときは、“オレが、オレが!”って感じですよ(笑)。共感を求めようとすると“マス”(集団、大勢)でいなければいけない。それはそうした別の作品に任せておけばいい。私の場合は、“私が!”と思っていないと、それこそ埋もれてしまう感じがするんです。一生懸命、自分で我を通す。ちゃんと我がままを言おうと思って作ってます」
吉岡「そういうところが大好きです。それに監督が“自分は!”とやってらっしゃることが、いざ観客として観ると、なんだか自分のことを描いてくれている気になっちゃうんです。“ああ、この人だけは分かってくれているのかもしれない”って」
自分の我を通すことで、受け取る側が「この人だけは分かってくれているのかも」と思う。確かに、その通りかもしれない。そんな監督の“我”を、自分の「優しい時間」に安住しない俳優たちが届けてくれる。
(つづく)
荻上直子(おぎがみ・なおこ)
1972年2月15日生まれ、千葉県出身。94年に渡米し、南カリフォルニア大学大学院映画学科で映画制作を学ぶ。2000年に帰国。04年に『バーバー吉野』で劇場映画監督デビューし、第54回ベルリン国際映画祭・児童映画部門特別賞を受賞した。06年の『かもめ食堂』が大ヒット。その他の主な監督作に映画『めがね』『僕らが本気で編むときは、』『波紋』など。最新作は堂本剛を主演に迎えた『まる』。
吉岡里帆(よしおか・りほ)
1993年1月15日生まれ、京都府出身。2016年、NHK連続テレビ小説『あさが来た』の第108話から登場。丸メガネの「のぶちゃん」として一躍注目を集め、翌年放送の『カルテット』(TBS)で一気に知名度と評価を得るとともに、人気を獲得していった。近年の主な出演作に、ドラマ『時効警察はじめました』『しずかちゃんとパパ』『時をかけるな、恋人たち』、映画『ハケンアニメ!』『アイスクリームフィーバー』『ゆとりですがなにか インターナショナル』『怪物の木こり』など。最新公開作に『まる』。待機作に『正体』。2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』への出演も発表されている。
●作品情報
映画『まる』
脚本・監督:荻上直子
出演:堂本剛/綾野剛/吉岡里帆、森崎ウィン/柄本明/小林聡美
配給:アスミック・エース
https://maru.asmik-ace.co.jp/