人生を変える出会いとなった小栗康平監督の『泥の河』
当時は邦画より洋画を好んでいたという南さんだったが、日本にも大ファンだった俳優がいたという。戦前戦後を通じて半世紀に渡って活躍した高峰秀子だ。子役時代はハリウッドの名子役シャーリー・テンプルと比較されるほどの天才ぶりを発揮。以降、少女スターを経て、青春もの、メロドラマ、大人の俳優として、息の長い活動を続けた。代表作のひとつ『二十四の瞳』(1954年)は第二次世界大戦を背景に、否応なく戦争に巻き込まれていく女性教師と生徒たちを通して戦争の悲壮さを描いた作品だが、ここで高峰が演じた大石先生は後に教師の理想像としても語られている。
「高峰さんのお芝居やセリフって乾いたというかドライな感じがするんです。セリフもあまり感情を込めないようにしているように見えるけど、すごく心情が伝わってくるんです。そんなところがフランスの俳優さんみたいだなって思いました。特に私が好きな作品は『浮雲』ですね」
『浮雲』(55年)は戦後の混乱期を背景に男女の恋愛模様を生々しく描かれたメロドラマの秀作で海外での評価も高い。もっとも南さんが『浮雲』を推すのは別の理由もあるという。監督を務めた成瀬巳喜男監督作品が大好きだったからだ。
そんな南さんの人生を変える大きな出会いとなった作品は、小栗康平監督の『泥の河』であった。昭和31年の大阪・安治川河口を舞台に川縁の食堂に住む少年と対岸に繋がれた宿船(廓船)に住む姉弟の出会いと別れをモノクロの映像で綴った。メガホンを取った小栗康平の初監督作品であり、第5回日本アカデミー賞監督賞をはじめとする多くの賞を受賞し、海外での評価も高い秀作である。
「それまで私は洋画を観ることの方が多かったんですけど、『泥の河』を観て、こんな日本映画があるんだって、すごい衝撃を受けました。それから日本映画にも興味を持つようになったんです」
スティーヴン・スピルバーグ監督が本作を観て「子役に対する演出が素晴らしい」と、『E.T』のキャンペーンで来日した際に小栗監督に会い、賛辞を送ったという逸話もある。
「すごく小さい、大阪の戦後間もない頃の少年少女を描いているんですけど、小さな世界を描いているのにものすごい広がりを感じたんです。登場人物も少ないのに、それぞれの人生を感じるというか。子供たちの視線もそうですし、それを囲んでいる大人たちの色々な事情もあって、劇中で全てを説明してはいないんですが、すごく深く入り込んでいるところにとても感銘を受けました。宮本輝さんが書かれた原作も素晴らしいですし、それを映像にした小栗監督にすごく衝撃を受けたんです。そういう意味では『泥の河』との出会いは私にとって転機ですね」
小栗康平監督の『泥の河』に出会い、映画に対する興味のベクトルが変わったという南さんだが、小栗作品との出会いが与えた影響はそれだけではなかった。
(つづく)
南果歩(みなみ・かほ)
1964 年 1 ⽉ 20 ⽇⽣まれ、兵庫県出⾝。A型。T162㎝。 1984年、映画『伽椰⼦のために』(⼩栗康平監督)でヒロイン役に抜擢されて⼥優デビュー。その後、テレビや映画、舞台で幅広く活躍。近年では、朗読にも定評があり、東⽇本⼤震災、熊本 地震、能登半島地震後などの被災地へボランティアで出向き、⼦どもたちに絵本の読み聞かせも⾏っている。最近の出演作は、海外ドラマ「Pachinko パチンコ」(AppleTV)、映画『義⾜のボクサー GENSAN PUNCH』(22)、『MISS OSAKA/ミス・オオサカ』(21)、舞台「これだけはわかってる 〜Things I know to be true」(23)、「⽊のこと The TREE」(24)。著作にエッセイ「⼄⼥オバさん」、絵本「⼀⽣ぶんの だっこ」など。 公開待機作 に映画『ら・かんぱねら』、『ハジマメシテ!(原題:Rules of Living)』、韓国映画『蕎麦(そば)の花咲く頃』、台湾映画『腎上腺(英題:Adrenal)』などがある。
【作品情報】
映画『君の忘れ方』
出演:坂東龍汰 西野七瀬 円井わん 小久保寿人 森優作 秋本奈緒美 津田寛治 岡田義徳 風間杜夫(友情出演) 南 果歩
監督・脚本:作道 雄
エンディング歌唱:坂本美雨
1月17日(金)より全国公開
配給:ラビットハウス
Ⓒ「君の忘れ方」製作委員会 2024公式サイト
公式サイト https://kiminowasurekata.com/