これまで執筆した原稿用紙を積み上げると、御本人何人分の高さになるのかーー。80年代から90年代にかけて「月刊北方」と呼ばれるほど多くの作品を生み出し、最近では御年77歳で2018年から続いた『チンギス紀』の最終巻である17巻を上梓、今年は1月から5月まで伝説の剣豪小説『日向景一郎シリーズ』を5か月連続刊行する。精力的に生き続ける作家・北方謙三さんのTHE CHANGEとは。【第5回/全5回】

北方謙三 撮影/冨田望

 作家デビューから55年。文壇でも桁違いの総作品数を誇る北方謙三さんの作品といえば、読者を血湧き肉躍らせるエンターテイメント小説が際立つが、元々は純文学の世界に身を置いていたという。

「学生時代にデビューして、当時は純文学をやっていました。同世代の作家に中上健次や立松和平がいました。彼らとは仲が良くて、いつも一緒にゴールデン街で酒を飲んで殴り合いをしていた。いまのゴールデン街がどうなっているのかは知らないけど、昔はゲロと血と小便の臭いしかしないような場所だったんです」

「ばあ まえだ」で安酒を飲ませてもらい、喧嘩になると「表でやれ」と怒られては3人で団子状に殴り合った。ときにはヤクザに頭を叩かれ「街の人に迷惑をかけちゃいけない」と叱られた。北方さんはそんな日々を「青春」と表する。

「お互いに悶々としながら純文学をやっていたら、中上健次が芥川賞を獲ってね。俺たちの顔を見るや、"おまえらは獲ってねえ、俺は獲った”と言う。悔しかったですね。それでもやっぱり小説は書いていこうと。俺は中上よりずっと小説は上手いと思っていたんですよ。でも、なにか俺になくて中上が持っているものがある」

 俺にはなくて中上にはあるもの、俺にはなくて中上にはあるもの……そう唱えるように比較しつつ、20代後半はいつも思い巡らせていた。

「ようやくたどり着いたのが、これは"文学”だな、ということでした。あいつは人間の汚濁みたいなものを書くんだけど、そこから真珠をひとつつまみ出すんです。それがあいつの文学なんです。文学をやるために生まれてきた人間がいるとしたら、それが中上健次なんだな、と。俺の場合はいいとこの坊っちゃんだったし、何もないところに“心の暗い穴を覗け”なんて言われたって、どこに穴があるんだいという感じでしたしね」