子役として活躍し、上京後、蜷川幸雄のもとで舞台俳優として活動するかたわら、NHKの人形劇『プルルくん』をきっかけに声優デビューをした、アニメ『タッチ』の上杉達也役などで知られる三ツ矢雄二。これまでに劇団の主宰、脚本家、演出家、編集者などマルチな才能を発揮する彼のTHE CHANGEとはーー。【第2回/全2回】

舞台への思いは高まりましたが、日本のミュージカル界には僕が入り込めるような劇団はなかった。そこで、「ならば自分で劇団を作ろう」と思い立ちました。
そして、声優の田中真弓さんと2人で事務所を作り、正式に劇団を旗揚げしました。ちょうど30歳だった1985年のことです。
『タッチ』(フジテレビ系)に出るのは、その後ですね。大ヒットしましたが、僕は「上杉達也の三ツ矢雄二」であり、「三ツ矢雄二の上杉達也」にはならないように、常に意識していました。あくまでキャラクターが主役で、僕は裏で支える存在であるべきだと考えていました。
声優としては演じる役ごとに異なる声や演技を心がけていました。例えば、『さすがの猿飛』(フジテレビ系)の猿飛肉丸、『キテレツ大百科』(フジテレビ系)のトンガリと、それぞれの役で、違う声を作り上げました。トンガリは普通の少年の声ではダメだと思い、実際に小学生の会話を聞いて研究したものです。
裏方の勉強もやっていた僕は、声優以外にもいろいろなことに挑戦してきました。
ミュージカル雑誌の編集長をしたこともありました。知人の編集者がミュージカル雑誌を立ち上げることになり、手伝うことになって、取材用に形だけの「編集長」の肩書の名刺を作ったんです。そうしたら、本当に編集長をやることに。企画・原稿執筆・校正、みんなやりました。ニューヨーク取材もしましたよ。他の仕事と並行していたので、さすがにしんどくて3年で卒業させてもらいました。
基本的に「頼まれたらやる」タイプなので、他にも作詞、脚本、演出、音響監督など、いろいろな仕事を手がけるようになっていきます。失敗したら辞めていたと思うんですが、なんとかできてしまったんです。