夏休みにNHKの放送センターに通いお芝居を特訓!
そのオーディションに合格し、1972年、18歳の時にNHK銀河ドラマ『白鳥の歌なんか聞えない』でデビューを果たす。
「ドラマの放映は3月からだったんですが、撮影はその前の年でした。当時は高校3年生、私もズブの素人でしたから、NHKの方も採用してしまった手前、なんとかしなきゃって思ったんでしょうね。撮影に入る前の夏休みにNHKの放送センターに行ってお芝居の特訓を受けたんです。放送センターには一人でセーラー服で行っていました。当時、私が通っていた学校は厳しくて芸能活動は一切禁止でしたが、校長先生にお話しして一応、退学届を預けて、何かあったら受理する、という形にしていただいたんです。この頃は本当に目立たない生徒で学芸会でのお芝居すらやったこともなく、先生方が“大丈夫?”って心配してくださったくらいでした。でも、私自身は社会勉強だし、ちょっと興味のある世界でもあったので、万が一の時は学校を辞めてもいいかって思っていたんです。お陰様で特に問題もなく撮影は終わり、放映も卒業式の後に始まったので、無事に卒業できました」

ズブの素人だったという仁科さんだが、演出家をはじめ周囲の人々に手取り足取り、丁寧に指導されたことで次第に慣れていったという。
「『白鳥~』が始まって程なくして、今度はTBSでゴールデンの歌番組『ミュージックトゥナイト 歌は今宵も』のアシスタントをさせていただくことが決まったんです。まだ駆け出しの私でしたが、司会をされていた俳優の山村聰さんのアシスタントをアイドルみたいな形で6か月務めさせてもらったんです」
『ミュージックトゥナイト 歌は今宵も』は1972年に放送された音楽番組。仁科さんが「博学のおじちゃま」と呼ぶ司会の山村聰は、東京帝国大学卒で戦後の日本映画界を代表するスターであり、数多くの映画に出演するほか『蟹工船』など映画監督としても活躍した。
「実はデビューしてしばらくは芸能事務所に所属していなかったんですが、ミュージックトゥナイトの後に、今度はNHKドラマ『赤ひげ』の話をいただいたんです。この頃に、NHKのプロデューサーの方からスケジュールの管理のこともあるから、どこか芸能事務所に入ってくれないかということでご紹介をいただいたのが最初の事務所でした」
その後、5年間その事務所に籍を置いて活動を続け、順調に俳優としてステップアップを果たすが、79年に一度芸能界を引退をする。
(つづく)
仁科亜季子(にしな・あきこ)
1953年4月3日、東京都生まれ。T158㎝。歌舞伎俳優・十代目岩井半四郎の次女として生まれる。1972年、NHK銀河テレビ小説『白鳥の歌なんか聞えない』で俳優デビュー。そのごもNHK大河ドラマ『勝海舟』、土曜ドラマ『眠りなき前進』などに出演し、清純派女優として注目され、多方面で活躍。近年では映画『僕らはみーんな生きている』、『犬、回転して逃げる』、『卍』、ドラマ『刑事ゆがみ』、『庶務行員 多加賀主水』シリーズがなどに出演。その一方で、自身のがん闘病の体験に基づく講演でも活躍中。
【作品情報】
映画『真夏の果実』
出演:あべみほ 奥野瑛太 佐野岳 小原徳子 東ちづる 仁科亜季子 他
脚本:松本稔
監督:いまおかしんじ
5月17日(土)より東京・新宿K‘s cinema ほか全国順次公開
配給宣伝:ムービー・アクト・プロジェクト
(c)2025「真夏の果実」製作委員会
公式サイト: https://www.legendpictures.co.jp/movie/midsummer_fruit/