松本清張賞受賞作『へぼ侍』でデビューし、戦後大阪を舞台にした第2作『インビジブル』で大藪春彦賞、日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門を受賞。さらに、第3作『渚の螢火』は高橋一生さん主演でドラマ化と、作家として順調にキャリアを重ねている坂上泉さん。だが、いきなりのデビューは想定外だったようで……。坂上さんのTHE CHANGEとは。【第2回/全2回】

坂上泉 撮影/川しまゆうこ

 2019年、「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」で松本清張賞を受賞した坂上泉さん。同作は『へぼ侍』と改題され、デビュー作として刊行された。坂上さんにとっては、このデビュー自体が「THE CHANGE」──人生最大の転機だったと話す。

「正直なところ、小説家としてデビューするなんてまったく想定していませんでした。中高生の頃にライトノベルのようなものを書いたことはありましたが、一般的な文学賞に応募したのは初めてでしたから」

 もともと日本史に興味があり、東京大学在学中には日本の近現代史を研究していたそう。卒業後も歴史への関心は尽きず、社会人生活を送るかたわら作家養成講座を受講することに。そこで書き上げた1作目で、見事にデビューを果たしたというから驚きだ。

「本業の合間の趣味として小説を書いただけなので、いきなりデビューできるなんて思ってもみませんでした。応募先に松本清張賞を選んだのは、二次予選を通過すると選考コメントがいただけるから。プロに評していただくことを糧とし、趣味で細々と書き続けられたらと思っていたんです。そうしたら“受賞です”と言われて“エラいこっちゃ”と。なにも覚悟していませんでしたし、いまだに覚悟できていない気もします」

 作家として活躍する今も、会社員としての仕事は続けている。

「ふたつの仕事とどう付き合っていくか、実を言えば今も手探り状態です。専業作家ではないものの、小説を書くことは単なる趣味というわけでもなくて。せっかく自分が伝えたいことを伝えられる得がたいフィールドをいただいたので、作家として細く長く生きていきたい。執筆を通して、自分の人生を豊かにしたい。そのためにも何かしらの成果は出していきたいという気持ちはあります」

 デビュー前後を比べ、変わったこと・変わらないことをうかがうと……?

「“小説を書くこと”を意識した情報の摂取量は、デビュー前に比べて圧倒的に増えました。ですが、世の中への向き合い方、基本的な考えは変わっていないような気もしています。以前から考えていたけれど世に出す機会がなかったものを、お伝えすることができるようになった、という感じでしょうか」