侍ジャパンを引っ張った大谷翔平「日の丸を背負った緊張感を楽しめたから、また出たいって思ったんだろう」
──あのときは大谷選手が侍ジャパンを引っ張ってくれました。
「緊張感を楽しんでいたよね。WBC特有の、オールスターとはまた違う、日の丸を背負った緊張感を。それを感じて楽しめたから、また絶対に出たいって思ったんだろう。かつて、長嶋さんは“野球界の伝道師を作りたい”って言っていたけど、その第一人者が大谷だね」
──伝道師の第一人者が大谷選手だとすると、他の伝道師は誰でしょうか?
「トップにいるのは大谷ですが、もちろんシカゴ・カブスの鈴木誠也とかも伝道師のひとり。これから佐々木朗希も頑張って、その枠の中に入ってきてくれれば、野球界の将来も明るいよね。今は少子化もあって野球熱が冷めてきているとかいわれるけど、そんなことはひとつもないから。その点では大谷に感謝したいね」
──WBCが終わると、MLBも開幕します。その大谷選手の2026年はどうなるでしょうか?
「心配なのはケガだけだね。あとは何も心配いらないでしょう。ただ、今度、肘を故障したら投手としては終わりだから、二刀流は来年が見納めになる可能性もあるね」
ファンとしては寂しいが、二刀流も見納めが近づいているのか……。次回はその理由や、ロサンゼルス・ドジャースのチームメイトである山本由伸投手・佐々木朗希投手について聞いた。
つづく
なかはた・きよし
1954年1月6日、福島県生まれ。駒澤大学を経て、75年に読売ジャイアンツに入団。79年に一軍に定着し、「絶好調男」としてファンから人気を博す。84年のオールスターゲームでは二打席連続のホームランを打ち、一塁手として7年連続のゴールデングラブ賞に輝くなど、中心選手として活躍する。89年に現役を引退。野球解説者として、歯に衣着せぬ語り口で人気となる一方、読売ジャイアンツのコーチ、横浜DeNAベイスターズの初代監督など、指導者としても日本球界に貢献してきた。