バラエティ番組は「自分で出たいと言っているので(笑)」

 周りから見たら、クラシック畑の人がバラエティ番組に出演するのは、アウェイな場所にいるように感じられるかもしれない。しかし、それも戦略の一つだという。

「僕自身が、“ソプラニスタ像”として別人格の“岡本知高”を演じなければならないのなら、テレビには出演していなかったです。僕は最初に出演したときから、素のままだった。失礼かもしれないですが、家でテレビを観ているような気持ちでバラエティ番組に出演させていただいています。

 明石家さんまさんが偉大な方ってわかっているけれど、同じ空間で話をしていると、ご本人の人となりが伝わってくる。だから相手が有名とか関係なく、僕のままでいられるんです。ただ、重い衣装を着ているから収録中は3、4時間も座っているのがつらいときもありますね(笑)。

 たまに“クラシックの方なのに、バラエティ番組に出されてかわいそう”って言われることもあるんですが、自分で出たいと言っているので(笑)。基本的にはバラエティ番組は楽しんでいます」

 コンサートでは、聖飢魔IIのデーモン閣下と共演したり、THE BLUE HEARTSの楽曲をカバーしたりしたことも。そのようなジャンルを超えた柔軟な姿勢が、彼の魅力でもある。そうした心構えは、どういったきっかけで生まれたのだろうか。

「吹奏楽部でサックスを頑張っていたころ、NHK『音楽・夢コレクション』(1989年~1991年)という番組があって、ビデオテープが擦り切れそうなほど、何度も見直していました。その番組には、森公美子さんや中島啓江さん、戸田恵子さんといった、そうそうたるメンバーが出演していた。僕は子どものころから少しぽっちゃりとした体型だったので、学生時代はすごくコンプレックスを抱いていたんです。

 でも、番組のなかで森公美子さんも中島啓江さんも、大きな体型を生かして全身で表現されていた。それまでは、“自分はなんて惨めでちっぽけな存在なんだろう”って感じていたけれど、お二人の勇姿を見て、自分の中の心の鎧をドンって脱ぎ去ることができたんです」