子育てと俳優業の両立に悩んだことも

 無事に出産し、中断していたドラマの撮影が再開すると同時に『ぐるりのこと。』での受賞が相次ぎ、彼女の元には出演依頼が殺到した。

「正直、すごく戸惑ってしまいました。わたしが思い描いていたのと、全然違う方向にまわりが動き出してしまって……。それで、仕事と子育てを両立している先輩に相談したんです。そうしたら“いまだったら、赤ちゃんはママがいなくても気がつかないから、お仕事をいただけているんだったら、やってもいいんじゃない?”って言ってくだって。仕事と子育てのバランスを取りながら俳優を続ける決断をしたんです」

 我が子というかけがえのない存在は、木村の心に変化をもたらしたという。

「ドラマ『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』は、小学生の男の子が、神社の管理人をしているおじいさんの“田中さん”と仲良くなっていくという物語なのですが、後半で田中さんが戦争体験を話してくださるシーンがあるんですね。戦争中、田中さんのお父さんとお兄さんは、戦地で亡くなってしまうのですが、収録のとき、わたしは田中さんのお話を聞きながら、夫と長男を亡くしたお母さんの気持ちに共感して、自分でもびっくりするくらいの感情がわき上がってきたんです。戦争というものは、自分の家族を、大切な人を失うことなんだ、と」

 大切な人……木村多江にとってそれは、家族だけではない。スタッフや共演者も、大切な存在なのである。思い出深いのは、コロナ禍まっただ中の‘20年に撮影、放送された連続ドラマ『24 JAPAN』(テレ朝系)。2クールと長期の作品だったことに加え、緊急事態宣言で度々の中断。感染対策を徹底しながらの撮影だった。

「お正月を挟んでの撮影だったんですけど、みんな帰省することもできないんですよね。実家にも、現場にも迷惑をかけるわけにはいかなくて。わたしは自宅から通っているからいいけど、一人暮らしの若いスタッフさんたちは、たった一人で部屋にこもっているしかない。もしわたしがその立場だったらつらいなぁと思って、まめに声をかけたり、ちょっとおやつを渡したりして、完全にみんなのお母さんみたいな気持ちでした(笑)」

 母となったこと。それが、木村多江の3つめのCHANGEだった。

現場スタッフたちとのひとコマ。親しげな様子が伝わってくる ※本人のインスタグラム@taekimura_officialより

木村多江(きむら・たえ)
1971年3月16日生まれ。東京都出身。学生時代から舞台に立ち、’96年にドラマデビュー。’08年公開の主演映画『ぐるりのこと。』で、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞、高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞。主な出演作はNHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』、『あなたの番です』(日本
テレビ)、『忍びの家 House of Ninjas』(Netflix)など。NHK Eテレ『木村多江の、いまさらですが…』ではMC、NHK BS『美の壺』ナレーションを担当。

●作品情報
特集ドラマ『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』
https://www.nhk.jp/g/blog/o1ko684l3c/
8月15日放送予定

原作:椰月美智子「昔はおれと同い年だった田中さんとの友情」
脚本:櫻井剛
音楽:小山絵里奈
出演:中須翔真、岸部一徳、木村多江、森永悠希 ほか