■「チャットGPTで書かれるであろう小説っていうのは、言ってしまえば“安いエロ本”」

ーーセックスですか?

「そう、セックス。ポルノだとかエロ漫画だとかをネットで見ているだけの人と、本当のセックスで気持ちいいってことを知っている人とでは、まるっきりトーンが違うんですよ。だから、たとえばチャットGPTで書かれるであろう小説っていうのは、言ってしまえば“安いエロ本”。安物のエロ本。それが匂ってくると思う。
 人間の感度ってのは、実はかなりシャープなんで、そこをかぎ分けてしまう」

ーーなるほど、そうなんですか。

「そうなの。それであなたは(記者に向かって)そこの感度がなさそうだって気がした。今の受け答えを聞いて、あなたの言葉遣いが安手だから、きっと、あなたみたいな人は匂いを感じないんだろうなと見ました」

ーーAIにダマされてしまいますかね。

■取材当日朝にたまたま見た映画で突きつけられた現実

 富野作品では、ロボットによる戦争の中で男女の恋愛が描かれる。それは直接的なシーンだけではなく、会話や動きの端々から関係性を想像させられてしまうものでもあり、そうした部分こそがAIには書けない、富野監督の語る「匂い」なのだろう。

 この日のインタビューで富野監督は、創作において「経験」こそが何よりも重要だと重ねた。それは実体験だけの話ではなく、82歳になった今も「見る」という点でも常に変わらぬことだという。

「たった1度のいいセックスの記憶が人生にあったら、2度目はしなくてもいい。人生全部が埋まるようなセックスを経験するってことが、どうやらあるらしい。この“どうやらあるらしい……”ってことを今朝見た映画で知らされて、正直今ちょっとゾっとしてるんです」

 富野監督が「ゾッとした」と語る作品はフランソワ・トリュフォー監督による1971年の仏映画『恋のエチュード』。

「今朝6時前に起きちゃって、映画チャンネルで6時からやってたこの映画をたまたま見ちゃったんですよ。始めはちょっと見づらくて嫌だな~と思ってたんだけど、結局最後まで見てしまって、ぐぅの音も出なかった。
 一番メインの話としては、妹のミュリエルって人が30歳まで処女だったんだけど、それを彼氏に捧げたのね。それでその翌日、“これであなたとは終わったから”って。“夕べは本当に気持ちがよかった”“これで私の愛は葬った”って言う。たった1回だけセックスして、それで愛を葬った、その後も描いた映画なんですよ」

 映画の原作はアンリ=ピエール・ロシェの小説『二人の英国女性と大陸』。アンとミュリエルのイギリス人姉妹とフランス人青年のクロードの三角関係をトリュフォー監督が撮ったこの作品。ミュリエルの初夜を描く場面があり、美しい映像の一方でセンセーショナルな映像としても話題を集めた映画でもある。
 
「イギリスのど田舎に住むピューリタンで、ものすごく厳格な育ち方をしてきた。それで真面目なまま30歳になってしまった妹と姉。そういう背景はあるんだけど、この話で男が一番分からなくちゃいけないことがある。男は“そんな女いるわけねえじゃねえか!”って思うんだけど、女はどうやら違うんですっていう、それがあり得るという話で、。男はそれを絶対に想像できない」

ーー恋人とのそれ一回きりで。

「そう“夕べは気持ちよかった、あれでもうおしまい”って……。ちょっと待ちなさいよ!って(バンバンバンと机を叩きながら)。でも、映画を見ると、彼女はそのあと実際にそうやって生きたんだろうなって余韻が感じられるんだよね。現にその女優さんがさ、そう思わせるんだよね」