1行目が書けたら書ける感じだな
ーー北方さんの執筆量を見ていると、物語がどんどん湧いてくるようにしか見えませんが……いかがですか?
「昔、蓼科に山小屋があったんですよ。そこで真面目に本を読んで書こうと思っていたんだけど、全然書けなくて。しばらくしたら編集者から電話がかかってきた。“何枚書けましたか?”と言うから、“200枚くらいかな”と答えるけど1枚も書いていないんです。そしたら"読みたいです”と言うから、“途中で読ませるわけにはいかない”って、なんとか断ったんですが、さすがにもう書かなきゃいけないと思いますよね」

北方さんは考えた。考えて考えて、なにを書こうと思いながら、山小屋の暖炉が目に入った。
「暖炉で火が燃えている。まあ、それで火を書こうと思った。"風には通る道がある。それによって炎の形が変わる”という出だしを書いた。そのうち、暖炉じゃなく山小屋のそばで焚き火をした。男は一升瓶をそばに置いて焚き火をした。アル中なんだよ。その男はなにをやっているかというと、昼間はアトリエで民芸品を作っている。山の中の一軒家に住んでいるけど、社会との繋がりが必要だから土産物屋のオヤジがトラックで仕入れに来る。そのときに、いろいろな話をする。そんな生活の中で、酒に浸りながらそのまま死んでいくと思っているわけです」
流れるように、創作の種が芽吹く瞬間、物語が生まれる瞬間を教えてくれる北方さんの語りは、まるで朗読劇のように聞き入ってしまう。
「雨が降るある日、コンコンとドアが叩かれるので開けると、少年が1人立っている。見た瞬間、ああ、友達の息子だなとわかるわけです。少年は言う。“お父さんを助けてください”。男は“濡れそぼっているから入りなさい”と言い、熱い風呂を入れてやって服を着せてやり、“おじさんはこんなふうに酒浸りだし、どうにもならないんだよ。お父さんは大丈夫だから、ひとりで戦うだろうから”とか余計なことを言いながら寝かせるわけです。寝ている間、民芸品を作りながら少年がすすり泣く声がずっと聞こえる。
それが引っかかって、彫刻刀を捨てて、翌日から外に出て木刀を持ち出して裏にある木を叩く。血が出るまで叩く。何日も経って、飯を食って叩き、飯を食って叩き、少年はずっとそれを見ている。あるとき、木が倒れるのです。そのとき、"行くぞ”と言い少年を連れて山を降りていくんです」
一息つくと、北方さんは「そこまでで、小説になるんですよ」と教えてくれた。
「そうやって書くんです。そうやって書いたのが『火焔樹』という小説です」
ーー引き込まれてしまいました。
「俺はこれを特技だと思っていますよ」
ーー北方さんのフィルターを通して見えた事象から、物語が始まるんですね。
「なんでもいいんですよ。こういうことってできる人とできない人がいるけど、最初にプロット、設計図をしっかりと書いてやらないとできない人も多いですよね。俺は一切プロットを書かないからさ。1行目が書けたら書ける感じだな。だってさ、小説の中の人間も生きているんだからさ」