浪曲の修業を始めてみますと、すぐに壁にぶつかりました

 浪曲の全盛期には全国に3000人の浪曲師がいたそうですが、師匠福太郎が入門した昭和40年代半ばには、すでに下り坂に入っておりまして、「浪曲師になりたい!」という人がなかなかいないわけです。

 そんな中で、師匠福太郎は「未来に浪曲という話芸のバトンを渡さなければ」という強い思いから、ちょっとでも興味がありそうな人がいれば「浪曲やらない?」なんてスカウトしていたくらいで。

 落語の世界では、師匠を出待ちし、弟子入りを何度も志願して、やっと認められるなんて話も聞きますが、それとは真逆ですね。そんな状況で、20代の私が、自分から浪曲をやりたいとやってきたのです。浪曲に向いているか分析する前に、「よく来たな!」と大歓迎。私が浪曲で表現をしたいことを伝えると、「2〜3年基礎をやってからな。どんな新作をやるのか楽しみだ」と笑っておられました。

 ただ、実際に浪曲の修業を始めてみますと、すぐに壁にぶつかりました。そもそも私は、カラオケも苦手だし、楽器をやったこともない。民謡や音楽の経験がある人のほうが、浪曲の上達は早いんです。ただ、声はデカかった。そこは浪曲に向いている要素だったとは思います。

(つづく)

玉川太福(たまがわ だいふく)
2007年3月入門、13年10月名披露目。大学卒業後に放送作家事務所へ入り、その後コント師を経て浪曲師に。15年に第一回渋谷らくご創作大賞、17年に第72文化庁芸術祭 大衆芸能部門 新人賞、23年に彩の国落語大賞・特別賞を受賞。浪曲定席木馬亭をはじめ、近年では落語の定席にも出演し、今年1月下席の末廣亭での初主任興行は、10日間大入満員という歴史的な興行となった。新著に『玉川太福 私浪曲 唸る身辺雑記』(竹書房)がある。

5月3日「第87回玉川太福 “月例”木馬亭独演会」
浅草木馬亭にて18時開演
木戸銭:3,000円 ※当日券のみ