衝撃的な体験をした最終回の撮影
「台本に“好きな女にフラれて電車の中で一人さめざめと泣く……”と書いてあったんです。それを読んで、監督に“僕は試合に負けても、女性にフラれても、今まで泣いたことがないです。だから泣けないと思います”なんて生意気なことを言っちゃったんです。監督に“できません”なんて言うヤツはいないと思いますけど、俳優としての下地もなかったので言ってしまったんですね。それに対して監督は“そうか判った、やってみようか”って一言仰ったんです」
石黒さんはまるで昨日の事のようにその場面をスラスラと解説してくれた。好きだった女の子が別の男と逃避行してしまうが、その彼女の母親から娘を迎えに行って欲しいと頼まれる。そんな状況で彼女を迎えに行くと彼女から衝撃の事実を告げられ……。別れて帰る道中、“電車の中で一人さめざめと泣く”というシーンだ。
「日が変わり、本番当日にそのシーンになって、“本番行くよ、用意スタート!”でカメラが回り出したら……、泣けたんです! もう自分でも分からない、本当に不思議な体験でした。本番前の最後のリハーサルが終わった後にも監督が来て、心情などを細かく説明してくれたのですが、それでも自分では泣けるとは思えなかった。それなのに本番になったら泣けたんですよ。そんな芝居が出来るとは思っていなかったので自分が一番ビックリしましたし、何か扉が開いた瞬間だったのかなって思いました。自分を開放すること……俳優にとって自分のエゴとか先入観といった余計なモノを捨てて、ただその役の感情だけになる。演じるということの真髄に触れられた瞬間で、まさに僕自身のチェンジになったんだと思います」
『青が散る』は石黒さんにとって、まさしくボヤージュ(旅立ち)となったのだった。
(つづく)
石黒賢(いしぐろ・けん)
1966年1月31日、東京都生まれ。A型。T178㎝。1983年、テレビドラマ『青が散る』(TBS系)で主演デビュー。以降、『振り返れば奴がいる』、『ショムニ』シリーズ(フジテレビ系)、『ネメシス』(日本テレビ系)、『アイシー~瞬間記憶捜査官・柊班~』(フジテレビ系)などのテレビドラマや『めぞん一刻』、『ホワイトアウト』、『マスカレード・ナイト』、『20歳のソウル』などの映画に出演。またウィンブルドンテニスのスペシャルナビゲーターや絵本『Scary』の翻訳など幅広く活躍。
【作品情報】
舞台『反乱のボヤージュ』
原作: 野沢尚
脚本・演出: 鴻上尚史
出演: 石黒賢、岡本圭人ほか
6月1日(日)初日~8日(日)千穐楽 @大阪・松竹座にて公演
公式サイト: https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/202506_shochikuza/