思いついたらやらずにいられなかった

――嫌われてもというお話ですが、最後の最後まで展開していく構成の感じは、監督の初期作品(『裸足のピクニック』『ひみつの花園』『アドレナリンドライブ』)の頃からそうですし、ラストまでお客さんを楽しませようというエンタメ精神をものすごく感じます。
「そうですか、ありがとうございます。ただひょっとしたら、公開してから、ごく一部には、傷ついたという人が出てくるかもしれません。それでも、子どもを亡くしたお母さんが落ち込んだり、復活したり、人形に翻ろうされつつ、それでも前に進むんだと、旦那さんの背中を押すように強くなる姿を描きたかった。山や谷を作って、ゾクゾクしつつ、同時にワクワクできるストーリーを思いついたら、作りたくてたまらなくなっちゃったんです」
――なるほど。
「室内にとどまらず、いろんな人を巻き込んで、謎を解けば解くほど闇の深みにはまっていくような、ドライブ感がある映画が作りたかったんです」
『WOOD JOB!』以来の再タッグ、長澤まさみ起用の舞台裏
――主演の長澤まさみさんは、監督の希望だと聞きました。
「はい、そうです。『WOOD JOB!』のときに一緒にお仕事したんですけど、シーンがそんなに多くなくて、いつかガッツリやりたいなと思っていました。僕は脚本を書くときに、あて書きはしたことがありません。今回も、脚本が出来上がってから、“じゃあ、キャストはどうしましょう”と。それで会議のときに“長澤さんはどうでしょう”と僕から提案しました。すぐに盛り上がりましたが、忙しい人なので、まずは読んでもらいましょうと。でもお渡ししたら、すぐにOKが来たんです。“マジですか!”と。展開が早くて、ビックリしました」
――以前、お仕事されているとはいえ、長澤さんが浮かんだのはどうしてですか?
「もちろん芝居がうまいというのもありますが、不可解な恐怖に打ちのめされる役をやらせたいなと。そういう欲が沸きました。不可解な事件に巻き込まれていくって、人によってはファンタジーっぽくなってしまうと思うのですが、それは絶対に避けたかったんです。子どもを亡くして精神的に落ち込んで、人形に助けられる。だけどその人形に翻ろうされてしまう。そしてまた新たな展開があって、後半からクライマックスに向けて進んでいく」
――最後まで大変な展開です。
「そうした落ち込んだり頑張ったりする感情が、ちゃんと観客にも届いて、幸福や絶望を芝居で表現できる人って、実はそう多くない。それを、長澤さんならできるだろうと思いました」
――実際にご一緒されていかがでしたか。
「期待以上でした。スケジュール的に、撮影の前半で、洗濯機を覗く重要なシーンとか、心療内科でグループセラピーを受けるシーンを撮影する必要がありました。そこでリアリティを感じさせないと、観客も痛みを感じることができません。あそこがバッチリ決まったので、“これはイケる”と確信が持てました」
当初、自分の名前を伏せてまで初挑戦の“ゾクゾクする”ミステリーを作りたかったという監督だが、十分怖くありながら矢口監督作品であることを感じさせる、先読み不能な作品が誕生したのがおもしろい。
やぐち・しのぶ
1967年5月30日生まれ、神奈川県出身。東京造形大学時代に映画制作を開始。90年に8ミリ作品の『雨女』でぴあフィルムフェスティバルPFFアワードのグランプリを受賞した。93年に『裸足のピクニック』で劇場映画監督デビュー。『ウォーターボーイズ』で日本アカデミー賞優秀監督賞と脚本賞を受賞。『スウィングガールズ』では同賞の最優秀脚本賞を受賞した。ほか監督作に『ハッピーフライト』『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』『サバイバルファミリー』などがある。劇場長編11作目となる『ドールハウス』で初めてオリジナル・ミステリーを手掛けた。
『ドールハウス』
原案・脚本・監督:矢口史靖
出演:長澤まさみ、瀬戸康史、田中哲司、安田顕、風吹ジュン
音楽:小島裕規“Yaffle”
主題歌:ずっと真夜中でいいのに。
配給:東宝