「親の期待を裏切らないようにしてきた“いい子”だった」矢井田の発想がガラリとチェンジした
自分の思いを言葉にし、感覚を研ぎ澄まして曲にしていくシンガーソングライターは、代わりのきかない存在ゆえに、孤独は大きく深いのかもしれない。同じミュージシャンの先輩からの言葉に、どんなにか励まされたことだろう。
「洋さんから、その言葉をいただいてから、いろいろなところに飛び込めるようになりました。それ以前は、ライブで知らない人と対バンすることや、知らないアーティストの曲をカバーすることもめちゃめちゃ怖がっていて、やらなくて済むならやらないほうを選んでいました。コラボするにしても、“この人となら、こんな感じになりそう”と予測できる人としかやりたくなかったんです。
というのも、前回お話ししたように、子どものころから親の期待を裏切らないようにしてきた“いい子”だったので、その真面目さが悪い方に出てしまったんですね。ちょっとでも失敗したら周りに迷惑をかけてしまうとか、もっと勉強してからじゃないとその歌をカバーできないとか、いろいろなことをすごく重たく考えていたんです。でも、洋さんの言葉に励まされて以降は、“想像がつかないからこそ、一緒にやってみよう”みたいな、発想の転換が起きたんです」
心の中に“余白”をつくることで見えてきた世界
音楽に対する誠実さや真面目さは矢井田さんの才能だと思うが、クリエイションにおいて石橋をたたいてばかりでは、超えられない山や谷もあるのかもしれない。
「私の真面目さ、一生懸命さが裏目に出ちゃったんでしょうね。そのころよく、身近なスタッフさんから“ヤイコ、真面目なのはいいことだけど、真面目すぎておもしろくないときがある”と言われていましたから。当時は、どうしてそんなこと言うんだろうって腹が立ったりしたけど、確かにストイックすぎてたと思うし、アドリブが必要なときに遊びがないから、パニクっちゃったりしたこともあったんですよね。
ライブのセットリストやMCもガチガチに固めて、その通りにやらないとすごく気持ちが悪かったんですよ。でも、最近ではライブする会場に実際に入って、その場所の雰囲気を見てから“セットリストは1曲目をバラードにしたけど、元気な曲のほうがいいな”と変えたり、その日に雨が降っていたら雨の曲を急遽入れてみたりと、すごくフレキシブルになりました」

その日だけの曲が聴けるとしたら、観客にとっても嬉しいサプライズに違いない。
「物事に対して真面目に取り組むって、基本的にはいいことだと思うんです。けど、どんなことが来てもどんと受け止められる、余白をつくれるような遊び心というか、“何が来てもOKゾーン”はあった方がやっぱり音楽は楽しくなるし、可能性も広がるなって。そうしたすごく大事なことに気づかせていただけて、本当に良かったですね」