冷静なツッコミや自然体のコメントが愛され、「家電」や「ガンダム」、「ゴルフ」など、好きを深堀するスタイルが長くバラエティの現場で高く評価される芸人・土田晃之さん。このたび『僕たちが愛した昭和カルチャー回顧録』という自らの幼少期から青春までの様々なカルチャーを振り返る1冊を刊行した。昭和の「クレイジー」な力がいかに土田晃之を作り上げたかがわかる1冊だ。この本にまつわるトークをベースに、土田さん自身の芸人ヒストリーを重ねて聞いた。【第2回/全4回】

埼玉県大宮市で幼い時を過ごした土田晃之さん。当時を振り返って「CHANGE」といえる番組との出会いは?とうかがうと、迷うことなく、当時の夕方の人気番組を挙げてくれた。
「『夕やけニャンニャン』(フジテレビ系)ですね。小学校の低学年の頃からドリフ(ドリフターズ)を見たり『(オレたち)ひょうきん族』を見てお笑いの仕事したいなという思いはあったんですけど、“絶対やろう”と思ったのは『夕やけニャンニャン』を見てからですね。あれを見るために部活やめましたから。中学で何か部活に入れって言われたから、嫌だったんですけど、柔道部に入ったんです。それは柔道部の部長が『夕ニャン』が好きで、とんねるずの出る日は早く帰してくれるって噂を聞いたからなんですけど、結局、中2ぐらいから、もう部活には全く行かずに帰って『夕ニャン』見てましたね」
見ていただけでなく、その世界に入ろうと決意したという土田さん。
「どうやってあの番組でレギュラーを取ろうかとか、ノートに書き始めて。通販のポニーっていうところで、タイガーマスクのマスク買ったりとかもしてましたね。『夕ニャン』に出演したときに顔バレないように、とか。ちょっと病んでたんでしょうね(笑)」
80年代の数あるバラエティ番組の中で、『夕やけニャンニャン』が刺さった理由はなんだったのだろう。