僕が何か世の中に訴えるときは生理的な反応で動いている

 僕はアメリカのグラミー賞には何度か行っていますが、その年にどんな社会的な発言があるのか、すごく注目されます。そういった大きなアワードは、ミュージシャンたちが自分の言葉に落とし込んで、社会にメッセージを届ける場としての機能も担っているからです。

 この国の大人の振る舞いとして、とにかく失点を避けることが最優先されていると感じています。簡単に言ってしまうと、「悪目立ちするな」と。これは子供の頃からの教育で浸透させられていると思うんですよね。ミュージシャンも、問題になるかもしれないことは最初から言わない。そして絶対安全圏での振る舞い、コンスタントに作品を続ける人が素晴らしいとされていると思います。

 それまでも社会的な発言はしてきたのですが、僕が目立つようになったのは、やはりジャニーズ児童性加害問題がきっかけでしょう。山下達郎竹内まりや夫妻の事務所からマネージメント契約の中途終了を迫られましたし、長年仕事してきた放送局や芸能事務所からの取引NGが相次ぎました。直接言われるんですよ。現場の方から、「松尾さんと仕事をしたいんですが、上がダメだと言ってます」と。

 僕が何か世の中に訴えるときって、もちろん正義感もあるけど、それよりはもっと生理的な反応で動いているんです。言わないと気持ち悪いから言っちゃう。

 この性分は、ずっと昔から変わっていないことに最近、気づかされました。昔の友人に会うと、よく言われるんですよ。「20代、30代の頃はおとなしくしているなって思ったけど、結局、お前の素が出てきたな」って (笑) 。

松尾潔(まつお・きよし)
1968年、福岡市生まれ。早稲田大学在学中からR&B・HIP HOPを得意とする音楽ライターとしてキャリアをスタート。国内外で音楽プロデューサーとして活動、これまで平井堅、CHEMISTRY、EXILE、JUJU、由紀さおりなどを手掛けた。

『松尾潔のメロウなライナーノーツ』
松尾 潔(著)
定価3300円
リットーミュージック
現在はプロデューサー、ソングライターとしてヒットを飛ばす松尾潔氏が、1990年代に執筆した膨大な数のライナーノーツから52本を自身が厳選。日本音楽界におけるR&B受容の記録がここにある。

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