タレント活動を経て、1993年に芸能事務所「タイタン」を設立した太田光代。夫の爆笑問題太田光との出会いから社長としての日々まで、彼女のTHE CHANGEに迫るーー。【第2回/全2回】

太田光代 撮影/柳敏彦

 1993年に芸能事務所「タイタン」を設立して、私が社長となりました。当時は何もバックアップがない女性が起業するってことは、とても珍しかったです。さらに当時の芸能界は今よりももっと閉鎖的なところもあって、エンターテイメントとしての活動範囲は広いのに、間口が狭い。よく言われるのは、“毎年たくさんの芸能事務所が立ち上がりますが、同じくらい潰れる”ということです。そんな世界で、私はとにかく周りに恵まれていたことで、経営を軌道に乗せることができたんだと思います。

 かつて所属していたプロダクションとも、関係を修復することができました。謝るところは、しっかりと謝って、不義理を許してもらうことができました。今も太田が問題になるような発言をして、私が謝らなければいけないときは、ちゃんと謝るようにしています。

 問題発言で言えば、私は立場上、太田が失礼な態度や発言をした場合は怒りますが、芸に対して何も言うことはありません。彼らの良さっていうのもありますし、すべてを否定はしたくないんです。それに、もし私が所属事務所社長という立場でなかったら、良いところを褒めることしかしなかったと思います。

 爆笑問題の信頼を回復することから始まったタイタンという会社は、マイナスから始まっています。なので、カッコつけてもしょうがないってことが根本にはあります。だから、「とにかく何か問題があったときは、正直に全部話しなさい」ってことは、タレントにも社員にも伝えています。正直に話すってことは、最初は面倒なことかもしれませんが、それさえしておけば、引きずらないし、遠回りもしないんです。余計なことを言ってしまうと、余計な波紋を生んでしまいます。