大学4年4月の結成「客前で笑わせたいというだけで、大したビジョンもなかったです」

「当時は予備校なんかほとんど行ってなかったですし、NSCも週1回ぐらいしか行ってなかったんです。養成所が大阪にあって、基本は週4、5回の授業があったんですけど、僕は京都の実家から友達……それは辻野とはまた別の瀬戸というやつで、そいつと一緒に週1の『ネタ見せ』という授業にしか顔を出してませんでした。
『ネタ見せ』ではみんなネタを作ってきて、文字通りそのネタを授業で見せるという内容でしたが、その授業しか行ってなかった……というか、それすら毎週行ってたかどうか。そういう意味では、本当に中途半端でしたね」

 それでも養成所は卒業し、瀬戸さんとコンビを結成。1998年頃、現在の相方である福田充徳さんから声を掛けられた。

「瀬戸とはコンビを組んでしばらく一緒にやっていたんですけど、彼が一方的に辞めるということになって解散したんです。そのときに福田から『だったら、俺とやらへん?』って何となく言われました。
 当時は福田も一浪を経て大学生になっていて、4年生になるまで何となくダラダラ遊んでいた頃で。4年になったとき、就職を目前に控え“そういや、あの『お笑いやろうか』って話ってどうなってる?”みたいなことを2人でしゃべっているうちに、とりあえずオーディションを受けに行くかって流れになりました」

──そのときは何が何でもお笑いをやる……というわけではなかったのでしょうか。

「全然なかったです。そんなに深くは考えていませんでした。就職先も決まっていなかったし、このままいってもなぁ……みたいな状況の中、“でもお笑いは好きやし、やらなきゃ後悔しそうだからやろうか”って。大学4年の4月にチュートリアルを結成したんですけど、そのときは本当にこの先ずっとやっていくんだとか、そんな意識は何もなかったですね。
 ただただ“面白いことをやりたい”って考えだけというか。客前で笑わせたいというだけで、大したビジョンもなかったです」

 軽い気持ちで結成したチュートリアルだが、後に『M-1グランプリ』で史上初の満票優勝を達成したことを考えれば、この決断は英断にほかならない。次回は、その栄光による「急激な変化」と、東西のお笑いの「大きな違い」についても語ってもらった。

つづく

徳井義実(とくい・よしみ)
1975年4月16日、京都府生まれ。A型。NSC大阪校を経て、幼馴染の福田充徳とお笑いコンビ・・チュートリアルを結成し1998年にデビュー。2006年にはM-1グランプリで優勝した。俳優として大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)、『ケイ×ヤク‐あぶない相棒‐』(日本テレビ系)などのドラマや、『天国はまだ遠く』(2008)、『莫逆家族‐バクギャクファミーリア‐』(2012)などの映画に出演。近年は自身で撮影と編集を行うYouTubeチャンネル『徳井video』も人気で、そこから派生したオリジナルブランド『Mystify』でキャンプ用品などの商品開発・販売も行っている。

■作品情報
ドラマ『令和に官能小説作ってます』
テレビ大阪・毎週水曜深夜24時~、テレビ愛知・毎週土曜深夜2時15分~放映中
DMM TVにて独占見放題配信
TVerにて見逃し配信
Ⓒ「令和に官能小説作ってます」製作委員会
https://www.tv-osaka.co.jp/reiwani_kannou/