2人の人生をドラマ化した際のキャスティング「赤井役はキムタク」?
2人が結婚したのが1993年のこと。それから30年が過ぎた。
ーー10年前に取材したとき、赤井さんは50代がいちばんおもろい、とおっしゃっていましたが、今はいかがですか?
赤井「60代がいちばんおもろい。子どもが結婚したり、孫ができたり、家族が増えていくんがたのしいですね」
ーー次男の英佳さんはいまは?
赤井「カリフォルニアにいます。勉強してます」
佳子「勉強は終わったんだよ。それで事務所に入った」
赤井「ああ、そうだった」
ーーあちらで俳優のお仕事をされているんですか?
佳子「そうなんです」
赤井「こないだコマーシャルを撮ったと言ってました」
劇的だった初対面から、本人のいない中での義父母との同居を経て結婚。以来30年間、家庭でも仕事でも、赤井さんと佳子さんはずっと一緒にいる。
佳子「出会ったときの話をドラマにしたらいいんじゃないか、って話があるんだけど、若い頃の赤井をやる俳優が思いつかなくて。20代くらいか30代くらいで、あの感じってなかなか……。
誰がいい?って聞いたら、赤井はキムタクがいい、っていうんですよ。かっこええやん、って。自分はキムタクで、私の役は、薬師丸ひろ子さんがいいと言ってました。
で、お父さんは赤井本人がやる。お母さんは大助花子の花子師匠がええんちゃう、と」
数多くの「THECHANGE」を重ねてきた赤井英和さんと佳子さん。2人の人生をドラマ化するとなると、大河ドラマの尺でも収まらないだろう。
■プロフィール
赤井英和(あかい・ひでかず)
1959年8月17日、大阪府大阪市西成区出身。浪速高校入学と同時に先輩に半ば強引にボクシング部に入部させられる。下働きの日々を経て、夏の国体予選にいきなり出場し、優勝。これを機に技術をつけたくて「朝は4時、5時から走って。高校の時がいちばん練習してた」という日々を送り、ボクシングの名門・近畿大学に進学。80年にプロ入りし、デビューから12戦連続といKOという偉業を達成。その攻めのスタイルから“浪速のロッキー”と呼ばれ、大阪中から絶大な人気を獲得。85年2月5日、大和田正春との試合で7ラウンドKO負け。急性硬膜下血腫、脳挫傷で意識不明の重体となり緊急手術。奇跡的に一命をとりとめるが、ボクシングからは引退。88年に半生を書いた『どついたるねん』を出版。89年、同書をもとにした阪本順治監督の映画『どつたるねん』に主演し、俳優としてデビュー。以降、映画、ドラマ、バラエティなどに出演多数。妻・佳子が運営するツイッターアカウント「赤井の嫁」は、絶大な人気を誇り、投稿の内容をまとめた『赤井図鑑』(扶桑社)が2021年に出版。