歴史はお金では買えない

 「三浦屋」は、安心・安全で高級、高品質の品ぞろえで知られるスーパーマーケットだ。2024年に創業100周年を迎え、各店舗では地域の人たちのニーズを満たす品をそろえるなど、きめ細かなサービスを提供する地域密着志向でもある。

 100年近い歴史のある老舗スーパーの三浦屋を外から見て、どのように感じたのだろうか。

「外から入ってきて経営に参加する場合は特に、短期でその会社を心から好きになれないと、上手くいかないと思います。社員の人たちは、そのあたりは本当によく見ていますから。ですから、経営参画の返事をする前にまず、外からわかる範囲で調べてみました。結論から言えば、心底好きになれると自信を持ったのです。

 まず、長い豊かな歴史があります。創業は大正13年(1924年)で、100年近い歩みです。それほどに多くのお客さんや地域の人たち、社員やその家族などに愛されてきたのでしょうね。歴史はお金では買えません。そして歴史はそれに紐づくDNA(遺伝子)を作ります。

 三浦屋は高級スーパーと給食事業の2つを営んでいるのですが、双方とも創業時から価格よりも質に対するこだわりが強く、“安心・安全な食を提供することで地域の健康を支える”という理念のもとに、地元に根を張り、事業を継続してきました。この理念とやってきたことがピッタリと噛み合っており、ものすごくいいDNAを持ってそうだなとすぐに感じました」

単に儲かるから高品質スーパーをやるのではない

 では、中から見るとどうだったのだろうか。

「実際に入ってみると、さらに好きになりました。経営に参加した際、なるべく早いうちに様々な歴史を社員などから聞くようにしています。特にすごい実績や働きぶりが語り草となっている社員の武勇伝に強い関心があります。そこに、会社の貴重なものが眠っていることが多いからです。

 たとえば、伝説の店長。長いつきあいのあるお客さんが来ると、その方のかごに“今日の魚はこれがいいですよ!”と入れる。お客さんは、喜ぶのだそうです。

 店長は、親しい間柄のお客さんが求めているものがわかる。その魚に自信がある。お客さんは、お店や店長を信じている。きっとお客さんとの間に長い時間で培った信頼関係ができあがっているからこそ、できることなのでしょうね。

 もう1つは、給食事業。昭和28年(1953年)から地域の学校給食への食材提供をはじめ、それでは飽き足らず、自ら発起人になって給食の事業者組合を作って学校給食の制度化を推進していました。戦後間もなく、栄養不足が深刻だった時代で、学校給食を通じて将来を担う子どもたちに栄養価の高い食事を食べさせたい一心でスタートしたようです。つまり単に儲かるから高品質スーパーをやるのではなく、本当に健康を支えるという理念を持っていたことがこの事業からも伺えました。

 当時の経営者や社員たちは子どもたちの食を通じて戦後復興や社会の再建を願ったのでしょうね。そして今に至るまで多くの社員たちがその思いに共感し、受け継いできたのではないか、と思いました。

 この2つは特に印象に残ったものであり、いいなと思えた話は他にもたくさんあります。それぞれがいわば個々のこと、つまり、『点』ではあるのですが、実は『線』としてつながっています。三浦屋が地域を大切にしているこだわりや、質が高く、安心・安全で健康になるものを提供してきた歴史やDNAを浮き彫りにさせてくれるのです」

 コンサルタント出身らしいアプローチで、三浦屋の一員となっていく。「会社を心から好きでないと、上手くはいかない」はごく普通のことを言っているようではあるが、実は多くの会社員が見失っているのではないだろうか。

■上田谷真一(うえだたに・しんいち)
1970年生まれ。1992年、東京大学経済学部を卒業後、同年からブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現PwCコンサルティングStrategy&)にて経営コンサルティングに従事。1995年に、経営コンサルタントの大前研一氏が率いる大前・アンド・アソシエーツの設立に参画し、企業の新規事業開発などに関わる。2003年から、黒田電機にて海外事業担当役員。2006年にディズニーストア社長、2009年よりクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン社長、2012年にバーニーズジャパン の社長。2017年にTSIホールディングスの社外取締役に招へいされ、2018年に社長に就任。 2021年社長を退任。現在は、株式会社三浦屋の取締役会長。

■「三浦屋」(みうらや)
安心・安全で高級、高品質の品ぞろえで知られるスーパーマーケット。2024年に創業100周年を迎える。杉並区松庵や吉祥寺(武蔵野市)や国立市、小金井市、新宿区飯田橋などに7店舗を展開。国内外の旬な生鮮食品から、話題のプライベートブランドまで、上質で健康的な食生活品を常時1万種類以上提供する。各店舗では地域の人たちのニーズを満たす品をそろえるなど、きめ細かなサービスを提供する地域密着志向でもある。