歴史はお金では買えない

 上田谷さんは、輝かしい経歴を誇るプロの経営者だ。東京大学経済学部を卒業後、1995年に経営コンサルタントの大前研一氏が率いる『大前・アンド・アソシエーツ』の設立に参画し、企業の新規事業開発などに関わり、2003年に「黒田電機」にて海外事業担当役員となった。その後、「ディズニーストア」、「クリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン」、「バーニーズジャパン」の社長を歴任。2017年には「TSIホールディングス」の社外取締役に招へいされ、2018年から2021年まで社長を務めている。

 多くの会社の経営を担ってきたプロの経営者からすると、ストレスがたまり、滅入らないのだろうか。

「日本の生え抜き社長は調整型が多いと言われてきましたが、それだけでは変革が起きないので経営者の外部招聘が増えてきましたし、アメリカでは逆に戦略の切れ味やロジック(論理)よりも、人を動かす力のほうが大切と言われています。要はどっちも必要ということだと思います。

 私が知っている経営者で、ロジック一辺倒で成功している人はほぼいません。どんなに優秀でエリート経歴を持っていようと、天性というよりは経験を詰んだ結果人間味や弱みも見せながら、メンバーとの関係をしています。頼みを聞いてくれる関係ができてこそこそ、戦略やロジカルが生きてくると思います。

 実際の経営では、コンサルタント出身者や高学歴な経営者からイメージされるものとは違う筋肉を使っている、と私は考えています。私の場合大学を卒業した後、経営コンサルタントから社会人をスタートしてしまったのですが、典型的なロジカル業界出身ということで30過ぎ位まである種の“頭でっかち“コンプレックスが非常にありました。事業の現場感を持ったクライアントやパートナー企業の経営者や、現場の社員の方々がうらやましかった。楽しそうで、やりがいがあるように見えました。

 自分は頭でっかちで、事業の現場のことをわかっていない。これではいけない、といった脅迫観念を持っていました。このコンプレックスが、20代半ばで伝説の経営コンサルタントの大前研一さんと出会ったことでダメ押しされると共に吹っ切れるきっかけを得ました」

 ある種のコンプレックスがあったからこそ、現場志向で地に足をつけた現実路線の改革をする経営者になっていったのだろう。

■上田谷真一(うえだたに・しんいち)
1970年生まれ。1992年、東京大学経済学部を卒業後、同年からブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現PwCコンサルティングStrategy&)にて経営コンサルティングに従事。1995年に、経営コンサルタントの大前研一氏が率いる大前・アンド・アソシエーツの設立に参画し、企業の新規事業開発などに関わる。2003年から、黒田電機にて海外事業担当役員。2006年にディズニーストア社長、2009年よりクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン社長、2012年にバーニーズジャパン の社長。2017年にTSIホールディングスの社外取締役に招へいされ、2018年に社長に就任。 2021年社長を退任。現在は、株式会社三浦屋の取締役会長。

■「三浦屋」(みうらや)
安心・安全で高級、高品質の品ぞろえで知られるスーパーマーケット。2024年に創業100周年を迎える。杉並区松庵や吉祥寺(武蔵野市)や国立市、小金井市、新宿区飯田橋などに7店舗を展開。国内外の旬な生鮮食品から、話題のプライベートブランドまで、上質で健康的な食生活品を常時1万種類以上提供する。各店舗では地域の人たちのニーズを満たす品をそろえるなど、きめ細かなサービスを提供する地域密着志向でもある。