できなくても「できる」と答えていた若手時代
メンバーのなかで最年少だったエンリケさん。年上に囲まれて、自分の意見が言えないなどの苦労はなかったのだろうか。
「俺の態度は、けっこう生意気だったらしい。演奏でも“これはできる?”って聞かれて、できなかったとしても“できる”って背伸びして答えていた。俺もメンバーとしてバービーに関わっていたけれど、いつまでも皆に追い付けていないように感じてイライラしていた時期もあった。
歌詞の意味も、まだ20歳のガキにわかるわけがない。でも歌詞をどう解釈するかっていうのは、やっぱり人生経験を積んでいく上で理解できるようになると思うんです。当時の中学生も歌詞の意味がわかっていたわけではなく、そこにある匂いとか淫靡な色彩みたいなものを感じとっていたんじゃないかな」
バービーには、当時としては珍しかったテレビ出演やPV(プロモーションビデオ)など、積極的なメディア戦略があった。記者が『なんだったんだ?7DAYS』のPVが好きだったと伝えると、懐かしそうに撮影時のエピソードを語ってくれた。
「バービーがデビューした80年代は、ちょうどPVを日本のアーティストも撮り始めたようなタイミングだった。楽曲が普及したのには、そういう時代背景も良かったと思う。『なんだったんだ?7DAYS』のロケは、屋形船ではなくてゴミ運搬船なんです。
隅田川から東京湾に出ていくのですが、乗船しているとすごくにおいがした。雨も降ってきたし、なんかもう開き直っちゃったんだよね(笑)。あれだけはしゃぎまくっているメンバーの姿って、ほかにはないんじゃないかな。イマサだって、ギターではなくほうきを弾いたりしていたからね」