古典の継承や普及活動に尽力する一方、海外公演や新作能の演出、他ジャンルとの融合など、さまざまな表現にも挑む能楽師・辰巳満次郎。そんな彼の今日に至るまでの「THE CHANGE」とはーー。【第1回/全2回】

辰巳満次郎 撮影/渡邉肇

 たまに、「同じ伝統芸能でも、歌舞伎役者さんや落語家さんと違って、能楽師さんは毎日は舞台に出てませんね。ふだんは何をしているんですか」と聞かれることがありますが、実はけっこう忙しいんですよ(笑)。

 たしかに、基本的に公演は一日限りです。他の芸能のようにロングラン興行はなく、一期一会。

 とはいえ、能の曲目は全部で200曲ほどあり、能楽師はそのすべてを習得し、いつでも舞台にかけられるようにしておかなければなりません。もっとも、一生涯に全曲を舞台で演じた人というのは、これまでいないのですが、たとえ自分が生きている間に舞台で演じることはなくても、次の代に伝承していくために修める必要があるんです。

 公演予定に合わせて稽古をするのではなく、日々稽古して、いつどの曲の舞台にも出られるように備える――。そういう意味では、能楽師の稽古は自衛隊の訓練と似ているかもしれませんね(笑)。もっとも、我々の修行は出番の可能性がありますが、自衛隊の出番は戦闘という意味では無いことを祈りますが、それぞれ目的のためにモチベーションを保つのは容易ではないと思います。

 さらに、自分の稽古だけじゃなく、弟子に稽古をつける時間も必要です。だから、決して暇じゃないんですよ(笑)。

 私も、生まれたのが宝生流の能楽師の家なので、自我が芽生える前に、この世界に放り込まれて、ずっと稽古をしてきました。

 初舞台は4歳のとき。以来、この道60年です。遊び盛りの子どもにとって、能の稽古は我慢を強いられることばかり。さらに私の父は、とかく厳しいことで有名でした。しかも実家が能楽堂でしたので、いつでも稽古ができる環境が整っていて、子どもの私はいつも「どこかへ逃げたい」と思っていました。