文化は宗派や人種の壁を乗り越える

 それ以降、国内の神社仏閣はもとより、世界各地の聖地を訪れて創作の能舞を舞う活動を始めました。バチカン市国やエジプトのクフ王のピラミッドにも行きました。エルサレムの嘆きの壁では、変な外国人が来てここで舞いたいと言うんですから、不審がられました(笑)。

 でも、さまざまな地を巡って分かったのは、文化は宗派や人種の壁を乗り越えるということ。そしてその根源にあるのは、普遍的な平和への祈りだということです。宗教や国境が生まれるはるか昔、太古の時代から、人々は祈り、歌い、踊るということをしてきました。

 今、残念ながら各地で紛争や抗争が続いていますが、そうした原初の想いに立ち返ることが、今の世の中には必要だと思っています。「祈りの芸能」とも言われる能を伝えていくことが、現代に生きる能楽師としての私の務めだと思っています。

 コロナ禍では、多くの公演が中止になり、一時はコンビニで働くことも考えました。周囲に止められましたけど(笑)。しかし、こんなときこそ自らの技を磨く機会と思い直し、ひたすら稽古に励みました。

 おかげさまで、今は各地での公演と、後進の指導と一般の方の稽古とで、多忙な日々を過ごしています。

 これを機に興味を持たれたら、ぜひ能楽堂にも足を運んでいただきたい。想像力が豊かになる時間を過ごしていただけることと思います。

辰巳満次郎(たつみ・まんじろう)
1959年兵庫県生まれ。父・辰巳孝、宝生流18世宗家・宝生英雄に師事し、1986年独立。古典の継承・普及活動に尽力する一方、他ジャンルとの融合を通じてさまざまな表現にも挑んでいる。重要無形文化財保持者。文化庁文化交流使。日本芸術文化戦略機構(JACSO)名誉理事長。共著に『能の本』(西日本出版社)などがある。

フォトグラファー 渡邉肇× 能楽師 辰巳満次郎
写真展「面と向かう」
ファッションを中心に活躍するフォトグラファー渡邉肇氏が、辰巳家に代々伝わる能面と、能装束を着用した満次郎氏の躍動感ある姿を撮り下ろし。高精細の大型出力や美麗な写真集、メイキング映像を交えて、幽玄なる能の世界を表現している。
4月12日(金)まで開催中
DNPプラザ B1F
東京都新宿区市谷田町1-14-1
時間:10:00-20:00(日曜休館)
入場料:無料