「文章はきっと踊りに近い」10年間書き続けたエッセイ
ダンサーとして、俳優として精力的な活動を続ける田中はまた、1985年より山梨県の山村に拠点を構え、農耕生活を続けている。3月に刊行されたエッセイ『ミニシミテ』(講談社)にはこのように記されている。
〈以前とくらべて畑に出て仕事をする時間が減ってしまっているのだが、朝一時間でも、三十分でも、遠出の仕事ではない場合には意地でも山梨に戻り早朝から働くようにしている〉
近年は若い世代が地方に移住し、農業を始める動きが目立つが、それを40年も先取りしていたのである。
田中「農村に移住する若い人なんて、東京に移動する若者の数に比べたら大した数ではないでしょう。バリューがあるからテレビで取り上げているだけで、今、日本の農業全体では大きな問題を抱えています。本当に過渡期だと思います。だからこそ、新しく始めた人たちがどういう農業を目指すか? それを問われると思います」
エッセイ『ミニシミテ』は、拠点である山梨で発行される『山梨日日新聞』にて10年に渡り連載されていた文章をまとめたものだ。多忙な毎日を過ごすなかで、どのようなモチベーションで 長期連載を続けることができたのだろうか。
田中「踊るように文章を書きたかったんです。僕は日常のなかで、『今度はこれを書こう』とメモをとって準備をするような人間ではありません。連載のタイトルは『えんぴつが歩く』というのですが、原稿用紙を前にして書き始めた瞬間、まさに鉛筆が歩き出すように始まるんです。その場で書きたいことを決めて書き始めても、すぐに話が飛んだり、脱線をしたり。文章として完成させようとしない。そういう文章って、きっと踊りに近いものなのかもしれない。僕の基本的には振り付けをされて意味のある踊りをやっているわけでなく、即興で、その瞬間から始まるので」
あくまで、えんぴつで書くスタイルを続けた。パリ、ニューヨーク、海外に滞在しているときも、えんぴつで原稿を書き続けた。
田中「踊るように文章を書く。そして書き終わったら原稿用紙を写真に撮って新聞社に送り、担当の方がそれを見て文字起こしをする。『何を書いても大丈夫です』と言ってくださったので、内容は自由です。そのやり方を崩さずにずっと続けさせてもらえたことには感謝しています」
若き日の思い出話、世界のいろいろな土地での逸話、飼っていた猫が家出した話まで、踊るように、多様な内容が記されている。
田中 泯(たなかみん)
1945年3月10日生まれ。クラシックバレエとモダンダンスの訓練を経て、1974年「ハイパーダンス」と名付けた独自のダンス活動を開始する。1978年には、パリ・ルーブル美術館で1か月間のパフォーマンスを行い、海外デビューを果たした。1985年、山梨県の山村へ移住。農業を礎としながら、国内外でのダンス公演は現在までに3000回を超える。一方、俳優としても活動し、デビュー作となった2002年公開の映画『たそがれ清兵衛』では、初映画出演ながら複数の賞を受賞。その後、多くの話題作に出演している。2022年には、その生き様を追った、ダンサー田中泯の本格的ドキュメンタリー映画『名付けようのない踊り』は釜山国際映画祭にノミネートされた。2024年4月からは、新田真剣佑と親子を演じた「Disney+」の配信ドラマ『フクロウと呼ばれた男』が公開。2024年3月にはエッセイ集『ミニシミテ』を講談社から出版した。
【書籍情報】
田中泯さんの著書『ミニシミテ』は講談社から発売中
定価:1870円(本体1700円) ISBN:978-4-06-533569-7
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