書くことでしか世界を理解できない

 直木賞受賞作『恋歌』で、樋口一葉の師として知られる歌人・中島歌子の壮絶な人生を描き、その後も『阿蘭陀西鶴』では井原西鶴、『類』では森鴎外の三男・森類、『ボタニカ』では植物学者・牧野富太郎と実在の人物を掘り下げて書くことの多い朝井さん。資料や取材を重ねはしても、執筆前にプロットを立てることはしないのが朝井さん流だ。

「私は、書くことでしか世界を理解できない人間だと思うんです。『こういう事件が起き、新聞はこう反応した』『主人公はこの時、この人との間にこういう出来事があって、人生の転機を迎えた』という史実は、文献を調べればわかります。
 でも、その人がどう苦悩したのか、その時の光の加減や湿度はどうだったのか、どんな景色が目の前に広がっていたのかは、書いてみないとわからない。そこにどれだけのドラマがあって、みんながどれだけ笑ってどれだけ泣いたかを書くのが、小説家の仕事だと思うんです。
 場合によっては『史実としてはこうだと言われているけれど、そうではないかもしれない』と疑義を抱くことも。その時は、自分が思ったほうを書くこともあります」

 史実を追うだけでなく、そこにどのような営みがあり、どんな感情があったのか。登場人物の思いを追体験できるところに、朝井作品の魅力がある。

「歴史・時代小説を書くことは、歴史と対話すること。私は、その時々の歴史の感情、時代の感情を書きたい。
 しかも小説の場合、映画やドラマのように複数のカメラを置くことはできず、視点人物はせいぜいひとりかふたり。そうすると、ごく個人的な感情を書くことしかできないんですね。ただひたすら人物を見て書く、その積み重ねなんです。
 そこから普遍性を感じ取っていただくこともありますが、私の場合、それを目的には書けません。結果的にそうなっていたらいいなと思うだけ。
 よく『現代を生きる人にも響くだろうと思い、この題材を選んだのですか?』と聞かれますが、誤解を恐れずに言えば、読者がどう受け止めるかは考えていません。でも、私は読者を信じていますし、現代性を見出したい人はおのずと見出さはるんです。私はただ、目の前の人生を誠実に書くだけ。そして、書いたものを読者に渡すだけなんです」

 自分の手を離れた小説は、読者のもの──。朝井さんがそう強く感じたきっかけは、『恋歌』を読んだ90代の読者から届いた1枚のハガキ。そこに書かれた言葉が、今も強く胸に残っているという。

「『私は今、生きている。そのことを確かめるために、小説を読んでいます』。『恋歌』の感想はひと言もなく、ただこの一文が読者ハガキに書かれていました。なんと素晴らしい生き方だろうと思いましたし、ひとりの書き手として、今もあの言葉が私の支えになっています」

(つづく)

朝井まかて(あさい・まかて)
1959年、大阪府生まれ。甲南女子大学文学部卒。2008年、小説現代長編新人賞奨励賞を受賞してデビュー。13年、『恋歌』で本屋が選ぶ時代小説大賞、14年、同作で直木賞受賞。その後も『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞、『すかたん』で大阪ほんま本大賞、『眩』で中山義秀文学賞、『福袋』で舟橋聖一文学賞、『雲上雲下』で中央公論文芸賞、『悪玉伝』で司馬遼太郎賞、大阪の芸術文化に貢献した個人に贈られる大阪文化賞、『グッドバイ』で親鸞賞、『類』で芸術選奨文部科学大臣賞と柴田錬三郎賞を受賞。近著に、『ボタニカ』『朝星夜星』『秘密の花園』など。

(作品紹介)
なにげに文士劇2024 旗揚げ公演『放課後』
公演日程:2024年11月16日(土)開場 15:30 開演 16:00
会場:サンケイホールブリーゼ

大阪市北区梅田2-4-9 ブリーゼタワー7F
https://www.sankeihallbreeze.com
チケット価格:全席指定 一般席8,000円(税込) U25※5,000円(税込)
※観劇時25歳以下対象(チケットぴあのみ取り扱い・座席はお選びいただけません)
当日座席指定引換券・要身分証証提示
チケット発売日:2024年9月1日(日)正午~
チケットの購入:公式HP https://nanigeni-bunshigeki.com/

原作:東野圭吾『放課後』(講談社文庫)
脚本・演出:村角太洋
出演:黒川博行、朝井まかて、東山彰良、澤田瞳子、一穂ミチ、木下昌輝、黒川雅子、小林龍之、蝉谷めぐ実、高樹のぶ子、玉岡かおる、百々典孝、湊かなえ、矢野隆
主催・製作:なにげに文士劇2024実行委員会(委員長:黒川博行 委員:朝井まかて・東山彰良・澤田瞳子)

公式HP:https://nanigeni-bunshigeki.com/
クラウドファンディングに挑戦中(8月1日〜9月13日)
https://readyfor.jp/projects/nanigeni-bunshigeki2024