第2子出産間近の2019年初場所でし烈な優勝争いに
「ようやく相撲の楽しさがわかるようになってきた」と語る玉鷲は、17年初場所からの2年間で、通算8場所三役を務めるなど、次第に「三役の常連」として、名を馳せるようになっていた。
19年初場所を迎えるにあたって、玉鷲には決意があった。第2子を宿している妻の出産予定日は1月中。
「生まれてくる子どものために、恥ずかしい成績は残せない」という強い気持ちである。
この場所の注目は、休場明けの横綱・稀勢の里の「再起」だった。ところが、稀勢の里は初日から3連敗の後、現役を引退。もう1人の横綱・白鵬は10日目まで全勝で優勝戦線を引っ張っていた。
関脇・玉鷲は5日目を終えて、3勝2敗と平凡な成績だったものの、6日目に巨漢の逸ノ城との対戦で圧勝すると、勢いに乗り始める。
そして、10勝2敗で迎えた13日目は、これまで一度も勝ったことのない、白鵬戦が組まれた。立ち合いから、荒々しく張り手を繰り出す白鵬に対して、負けじと張り返す玉鷲。
「張られて、張り返して、そこからはよく覚えていないんですが(笑)、土俵際で回り込んだ時には、“早く(横綱を)押さなきゃ”と、いつも以上の力が出たような気がしますね」
2敗だった白鵬は翌日、関脇・貴景勝に敗れて3敗になったことで、13日目を終えて玉鷲が優勝戦線の単独トップに立ったのである。14日目は優勝を意識するあまり、ガチガチに緊張する中、碧山に勝利。千秋楽、玉鷲が遠藤に勝てば、初優勝が決まるという展開になった。
14日目の取組前から、妻は出産のため、病院に入院していた。取組後は、自宅で病院からの「赤ちゃん誕生」を知らせる電話を待っていたのだが、ソワソワして眠ることができなかったという。
「心配で深夜2時に病院に行ったんです。妻からは、“私は大丈夫だから、あなたは相撲に集中して……”と言われて、いったん自宅に戻ったのですが、しばらくして“男の子が生まれた”という連絡が入って、朝6時に病院に舞い戻りました。妻と生まれたばかりの次男と少しだけ対面した後、朝稽古のために(所属の片男波)部屋に向かったのです」
遠藤に勝てば、すんなり優勝。けれども、敗れて3敗になり、結びの一番で貴景勝が大関・豪栄道に勝って3敗を守れば、2人の優勝決定戦になるという、スリリングな展開だ。
両国国技館に詰め掛けたファンは、玉鷲ー遠藤戦にクギ付けになった。
(つづく)
玉鷲 一朗(たまわし いちろう)
1984年11月16日生まれ、モンゴル・ウランバートル市出身。片男波部屋所属の現役大相撲力士。2024年の秋場所で大相撲の通算連続出場回数、歴代1位の記録を更新。スポーツ経験が特に無いまま19歳で相撲を始め、30代から力を付けたという、同世代のモンゴル人力士の中でも異色の経歴を持つ。身長189cm、体重178kg。血液型はAB型。最高位は東関脇。趣味は小物、菓子作り、人間観察。