篠山紀信に「名誉挽回させてください」
ーー驚きですね! 篠山さんの反応はどうでしたか?
「撮影はあと2日あったし、激怒ですよ。そのときの写真は、他人に見せたくないからカメラに背を向けていたり泣いていたりと、ひどい有様。先生も私がいないからハワイの海辺を撮影して帰ってきたそうです」
ーー撮影現場で騙されたことが許せなかったんですね。
「それに、当時出演していた11本のCMは契約上の理由でヌード厳禁。失うものも多いですしね。これを機に事務所は辞めました。
先生には“ヌードと言われず撮影に行ったし、一人の女性として撮りたくない時期だった。仕事だと割り切れないので、もう少し話し合ってほしかった”と、正直に伝えました」
ーーその後、30歳のときに篠山さんの撮影でヌードを解禁していますよね。
「はい。仕事が忙しくて、結婚も出産も経験できないかもしれない、“それなら”と、私から先生に“名誉挽回させてください”とお願いして、堂々とカメラの前に立ったんです。女優としての覚悟も決まっていたので、明るい表情で写真を撮りました」
ーー繊細な撮影ですし、ご自身の気持ちを尊重すべきですよね。40歳のときにはヘアヌードも解禁しました。
「これは私からの提案だったんです。10年ぶりに、先生と偶然お会いして、“アイディアがあるんです! 19歳から今の40歳までの写真を1冊にして、ヘアヌードを交えた写真集を作りませんか?”と伝えました。翌日には小学館の方から連絡があり、すぐに決まりました。そのとき初めて、23歳のときに撮っていたヌードを見たんですよ。こんな写真があったのかと驚きつつ、“かわいい!”とも思いましたね」
ーー水沢さんのアイディアだったんですね!
「65歳で出した2冊目のヘアヌード入りの写真集も、打ち合わせのときに私が“自宅のリビングから見える桜がキレイなんです”と話したら、“じゃあ、水沢さんの家で撮りましょう”となりました」
ーー最後の撮影の際は、どんなお話をしたんですか。
「“体が崩れてないな”と言われ、“男性と付き合ってないですからね”と返したことを覚えています」
(つづく)
水沢アキ(みずさわ・あき)
1954年12月5日、東京都生まれ。17歳でドラマ『夏に来た娘』(TBS系)で主役デビュー。『連想ゲーム』(NHK)ではキャプテンを務め、女優としてだけでなく、司会、コメンテーター、リポーターなど、幅広い分野で活躍。