角川歴彦氏の獄中生活が始まったのは夏の終わりだった。まもなく秋になり、やがて冬が訪れ、そして春を迎えるまで、実に226日間に及んだ。しかし、その長い時間は決して無駄ではなかったという。拘置所内では日記をつけ、途中からは俳句を作った。角川歴彦氏の人生の転換点、THE CHANGEについて聞いた。【第3回/全4回】

撮影/小島愛子

「日記をつけることを一切やめました」

「拘置所に入ってすぐに日記をつけ始めました。検事とのやりとりや日々、気づいたことをノートにつづったわけです。ところが、ある日、弁護士との接見から部屋に戻ると、そのノートがない。看守に尋ねると“所長が持って行った”と言う。ノートはまもなく戻ってきましたが、弁護士に報告すると“間違いなくコピーされただろう”と言われました。
 要するに検閲ですよ。これは恐ろしいなと思い、僕は日記をつけることを一切やめました。毎日、長い文章を書くことが、肉体的にきつくなっていたという事情もあります。
 代わりに、年を越した頃から始めたのが俳句です。父(角川書店創業者・角川源義)や兄(角川春樹)は俳人として知られます。僕も母に言われて俳句をやったことはあったけど、父や兄の才能には遠く及ばないのが分かり、途中でやめました。
 でも、拘置所のような特殊な環境には、俳句のようなギリギリまで切り詰めた、引き算の文学のほうがふさわしいのかもしれません。散文では表現しきれない哀しみや苦しみも、俳句でなら可能でした。
 ある日、独居房で本を読んでいたら、隣に人がいるのが見えました。ドキッとしたけど、よく見ると自分の影なんです。その影が妙に愛おしくて、語りかけたくさえなりました。影はわずか数センチ開いている窓から差し込む月の光でできたものでした。月光の力に感動し、こんな句を作りました。