サントリー『NEW OLD』のCMはひとつの転機

――そうなんですね。長塚さんは、ドラマや映画のほかに、CMなどでも支持されてきましたが、俳優としての転機はいつだと感じていますか?

「転機を挙げようと思ったらキリがないんだけど、たとえば市川準監督が手掛けたサントリーの『NEW OLD』というウイスキーのコマーシャル(1994)はそのひとつですね」

――名作です。

「“恋は、遠い日の花火ではない。”というコピーでね」

――長塚さん演じる部長が、ピョンッと跳ねる後ろ姿も印象的な。ちなみに長塚さんご自身は、ウイスキーは飲まれますか?

「飲みますよ」

――あのころ“理想の上司” と呼ばれることが多かったですけれど、そう呼ばれることをどう感じていましたか? 嬉しさなどは。

「嬉しくも悲しくもないです。自分自身は上司になったこともないですからね(笑)。そのコマーシャルで市川監督と一緒にお仕事をして、付き合うようになりました。別にご飯に行くとかそういった関係ではなかったですけれど、とても仲良くなれて、“1本、一緒に映画を撮ろう”という話になって。『NEW OLD』のシリーズをやっている最中に企画が出きて、『東京夜曲』を撮ったんです」

――実現させたのはすごいですね。「NEW OLD」のCMでも長塚さんの声は少しのセリフでもとても印象に残ります。「そうだ 京都、行こう。」のコピーで有名なJR東海のCMでは、2018年まで25年にわたってナレーションを務められました。(2代目ナレーターは柄本佑

「声だけでの仕事というのは緊張します。人前での朗読もそうですし、JR東海のナレーション収録も毎回緊張感がありましたよ。でもガチガチになって力が入ってしまうといった緊張ではないんです。ただ“お風呂が沸いたよ”といったような、日常での何気ないおしゃべりの時とは違う声が求められます。それを、緊張を隠しながら、日常の声のように話すんです」

 芝居や佇まいはもちろん、その優しくすっと入って来る“声”も大きな魅力の長塚さん。取材中にも「おしゃべりの時の声とは違う」との言葉に納得する瞬間があった。

 インタビュー終了後にSNS用のひと言動画をお願いすると、カメラを向けられた瞬間、長塚さんの別のスイッチがバチっと入ったのがはっきり伝わってきた。そしてそれまでの柔らかさとはまた違う、“日常のようでいて、実は日常ではない”俳優・長塚さんのステキな“声”にしびれさせられたのだった。

(つづく)

長塚京三(ながつか・きょうぞう)
1945年7月6日生まれ、東京都出身。パリ・ソルボンヌ大学在学中に、フランス映画『パリの中国人』(74)の主役オーディションに合格して俳優デビューした。日本でのデビューはドラマ『樹氷』(74)。以降、多くのドラマや映画に出演。1995年のサントリー「NEW OLD」のCMや、25年務め上げたJR東海「そうだ京都、行こう。」のナレーションなどでも人気を得た。『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』(97)にて第21回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。主な出演作に、ドラマ『金曜日の妻たちへ』シリーズ、『ナースのお仕事』シリーズ、大河ドラマ『篤姫』、映画『恋と花火と観覧車』『笑う蛙』『長い長い殺人』『ぼくたちの家族』など。主演を務めた最新作『敵』は、第37回東京国際映画祭にて東京グランプリ/東京都知事賞、最優秀男優賞、最優秀監督賞の三冠を受賞。

●作品情報
『敵』
監督・脚本:吉田大八
原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)
出演:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、松尾諭、松尾貴史ほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト https://happinet-phantom.com/teki/