役者を辞めるという選択肢は、一度も考えたことはありませんでした
劇団員時代は、バイトをしながら小道具や大道具も全部自分たちで作っていましたね。演技せずとも、お芝居に関われていること、仲間とひとつのモノを作ることが楽しくてたまらなかった。
だんだんいい役に就けるようになってからは、大阪ローカルの番組や全国のドラマにも、ちょこちょこと出演できるようになりました。役者業で食えてはいなかったですが、携わっているうちに、根拠もなく「ゆくゆくは絶対に大成するぞ」という思いが増していったんです。役者を辞めるという選択肢は、一度も考えたことはありませんでした。
この頃、ドラマ『刑事鉄平』(フジテレビ系)で、一度だけ緒形拳さんと共演させていただきました。新人刑事役のオーディションを受けて、結局、最後の3人まで残ったものの、ダメだったんですが、ゲストとして出演する回があって……。それも、緒形さんとガッツリ絡む役です。今思えば、新人刑事役よりも、恵まれた役だったなと(笑)。
僕は少年院に入ることになった野球少年の役で、緒形さんは保護観察的な立場で見守る役でした。思い出深いのは、警察の厄介になった僕を緒方さんが迎えに来てくれるシーン。緒方さんがスルメをかじりながら、カーンと野球の硬式ボールで僕の頭を殴ったんです。全部、台本にないアドリブで……(笑)。痛かったですが、すごく嬉しかったですね。
最終日には、主演の西郷輝彦さんと緒形拳さんとで記念撮影もしてくれました。それだけでも感動していたのに、緒形さんが「升さん、こっち」と、“さん”付けで呼んでくれたんです。なんてすてきな人なんだろうと、憧れを抱きましたね(笑)。
(つづく)
升毅(ます・たけし)
1955年12月9日生まれ。東京都出身。75年、NHK大阪放送劇団付属研究所に入所し、翌年初舞台を踏む。85年、演劇ユニット『売名行為』を結成。91年、劇団『MOTHER』を立ち上げ、座長を務める。2025年2月には、主演舞台『殿様と私』が、まつもと市民芸術館他で公演予定 。
映画『美晴に傘を』
小さな町の漁師である善次(升毅)は、喧嘩別れをしてから一度も会っていない息子の光雄(和田聰宏)をがんで亡くす。東京で執り行われた葬儀にも出席せず四十九日を迎えようとしていたところに、光雄の妻と娘たちが、善次の元を訪ねてきて……。
配給:ギグリーボックス
1月24日(金)より、東京・YEBISUGARDEN CINEMA他で全国公開
(c)2025 牧羊犬/キアロスクーロ撮影事務所/アイスクライム
公式サイト: https://miharu-movie.com/