「僕はある意味、ずっと人々に認められないような状態だったんです」

「僕はある意味、ずっと人々に認められないような状態だったんです。社会とかみ合っていないようなね。あの人にはなにしても平気だ、大丈夫だ、ぐらいの感じ。でもそれは、かみ合っていないだけで、みんなより少し前に進んでいたっていうことだったんですよ」

 手塚治虫の影響を排して、独自の絵、ストーリーを模索し続けていた青年時代。ようやく見つけたホラー漫画は、当時の売れる漫画のスタイルとは合わず、否定された。しかし、時代が追いつき、ホラー漫画は大ヒットする。楳図さんはこれまでずっと、早すぎる漫画家だったのだ。

「だから漫画の賞だって、ほとんどもらっていないんですよ。1974年に小学館漫画賞をいただきましたが、推してくれた人はすごく少なかったんです。“賞なんていらない”って、思っていたんですが、2018年にフランスのアングレーム国際漫画祭『遺産賞』をいただいて、驚いたし、うれしかったんです。世界に認められたんだって」

 アングレーム国際漫画祭「遺産賞」は『わたしは真悟』に対して贈られた。今になって、やっと時代が追いついたのだ。楳図さんの「秘密」は、間違いなく実現するだろう。

楳図かずお 撮影/冨田望