調子が良くて勢いに乗りすぎてしまった
――やり投げをやらせたいという想いはどうなったのでしょうか?
「高校2年生の時に、野球と同時にやらせてみたら良い記録が出るようになったんです。自分の母校の東海大にも連れて行ってチャンピオン候補と一緒に練習させたりして。一般の枠でも春先の記録会でうまくいけば大学の推薦も目指せるんじゃないかと一緒に頑張ってたんです。でもある日、調子も良くて、勢いに乗りすぎてしまったのでしょう、膝の靭帯が断裂してしまった。野球を始めたなら陸上にも、と焦ってやらせてしまった僕のせいなんです」

――ここまで全力で取り組んできた“子育て”。やり直せるならやり直したいと感じますか?
「僕も一時は体育教師になりたいと思ったくらいですから、彼を甲子園の大スターになれるように育てることだってできたかもしれないし、やり投げの名選手にだってさせてあげられたかもしれない。今まで他人には子育てについてあれこれ言ってるのに、こんなに子育てに夢中になってきたのに、振り返ると後悔ばかりなんです。俳優の芸能界も難しいけれど、それ以上に難しいのは“子育て”なんだと思いますよ」
――それくらい、“子育て”は照英さんに大きな影響を与えたんですね。
「第一子は特に“自分の分身にしてやろう”くらい思ってたんです。でも子供って親の思うようには育たない、18年を通して “パパ”として教育してもらったなと思います。とはいえ下にも2人子供がいるから、親が元気で子供と目線を合わせてあげられる、そんな父で居続けることがこれからの僕のテーマです」
父親として3人の子供を育て、“子育て”に関わる仕事もこなすなか、自身の原点といえる“やり投げ”に対しても熱い思いを持ち続けている。
(つづく)
照英(しょうえい)
1974年埼玉県出身。元陸上競技・やり投の選手で、1996年の全日本学生選手権とひろしま国体のやり投で準優勝の経歴を持つ。自己ベストは73m90。大学卒業後、恵まれた体躯を生かしモデルとして活動。1997年に単身で渡米をするなどの経験を活かし、念願であったジョルジオ・アルマーニのコレクション出演を果たす。1998年、「スーパー戦隊シリーズ」『星獣戦隊ギンガマン』のゴウキ / ギンガブルー役で俳優デビュー。2002年から2007年まで、『水戸黄門』に風の鬼若役で出演。その後は俳優・タレント活動だけでなく、司会・デザイナーなど活動の場を広げている。2005年に結婚。2007年に第1子(長男)、2010年に第2子(長女)、2016年に第3子(次女)が誕生。令和2年9月、第40回全日本マスターズ陸上競技選手権大会の槍投げ(M45クラス)に出場し、クラス優勝した。