『週刊プレイボーイ』の記者を経て1999年『教習所物語』(TBS系)で脚本家デビューした映画監督の内田英治。ずっと「映画を撮りたい」と思いながらも映像制作会社、雑誌記者と紆余曲折した彼が念願の映画の仕事を始めるまでの「THE CHANGE」とはーー。【第2回/全2回】 ひょんなことからスタートすることになった週刊誌記者でしたが、仕事としては、メチャクチャ面白かったんです。ただ、30歳までに映画を撮りたいと心の中で決めていたのに、雑誌の仕事が楽しくて、気づいたらその年齢を過ぎてしまいました。そこで、ただ、とにかく会った人間、すべてに「映画に関わりたい」と伝えるような営業活動はずっと続けていたら…
- 映画の製作現場って、良くも悪くも、特殊な世界だと思います
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