飲んでいた紅茶をこぼしてしまうほど緊張していました
私は口下手なので、自分のペースでしか仕事ができないのもありますが、必ず責任を持てる人にまず取材許可を貰いたいと思っていたので、結局、最初の親分に会うまで、8か月かかりました。
ホテルのラウンジで待ち合わせすると、何十人もの極道がボディーガードとして周りを囲んでいるんです。私は、全身が震えて、歯がカチカチと鳴って……飲んでいた紅茶をこぼしてしまうほど緊張していました。
そこで若い衆の一人を紹介され、その妻に会わせて貰いました。ところが何回通っても、心の中に入っていかれません。そこでまずは住み込ませてもらうことにしたんです。
私は取材を兼ねて、そこに震えながら居るだけで精いっぱい。掃除は若い衆がしますし、私は料理が苦手で役に立たない。皿洗いをしようと思っても、どの食器も高価なもので、触れさせてはもらえません。買い物の荷物運びを手伝おうとしましたが、これも重くて持てない。結局、私は背後霊のように、後ろに居るだけでした (笑) 。
それでも、ずっと住み込みを続けるのは無理でした。抗争中の家に居るのは、胃が持たない。神経性胃炎で、胃痙攣も起こるし。だから、1日、2日くらい泊めていただき、一度、東京に戻り、体を整えてから、また行き直しを繰り返しました。髪の毛は抜けたし、ものすごい神経を使っていたんだと思います。
ただ、住み込みを始めてしばらくたったある日、部屋から物干し越しに、青空が見えたんです。胃痙攣は、ずっと毎回起こるくらい緊張していたのに、空が青いと気づく余裕が少しだけできていたんですよ。人間は、どんな環境にも慣れるんだなって、そのときに実感しました。
(つづく)
家田荘子(いえだ しょうこ)
愛知県出身。日大芸術学部放送学科卒。高野山大学大学院修士課程修了。『私を抱いてそしてキスして~エイズ患者と過した一年の壮絶記録~』(文藝春秋)で、第22回 大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『極道の妻たち(R)』『バブルと寝た女たち』などの作品が映像化されている。作家活動以外にも、僧侶になり住職の資格を持ち、高野山でも法話を行っている。また、ノンフィクションユーチューバーでもある。
『花魁仕置人 藤紫』
舞台は、善と悪、義理と人情、男と女が交錯する江戸・吉原。浅草川に浮かんだ花魁と同心の亡骸。呉服店出雲屋の三代目・お紫麻は、二人の汚名をそそぐと心に誓う――。
家田荘子・著
定価1870円(白秋社)
10月1日発売