コロナ禍、最愛の母との別れ……悲しみに暮れた2023年を振り返る
晴れ晴れとした笑顔を浮かべながら思いを語る山下さん。とはいえ、母を介護しながら、一人で自宅のスタジオで仮歌を歌い続ける日々は、決して平たんなものではなかったはず。
しかも、2023年には、母と仕事の両方を一度に失ってしまった……。どん底まで落ちた心を、どうやって回復したのだろう。
「そうですね……。2023年に高性能の仮歌AIが登場し、仕事が激減しました。同年末には大切な母が他界し、それまで夢中で頑張ってきたことのすべてを失ったと感じ、息ができないほどの苦しい日々が訪れました。いま思い返しても、本当につらかったです。
あまりのつらさから、どうしてこんなに苦しいか、つらさの原因を探ってみたんです。そして、“この苦しさは、私が何かしなければいけないと思っているせいだ”と、ハッとしたんです。すべてをなくして、何かしたくてもできないのなら、いっそのこと積極的に“何もしない”をやってみたらどうなるんだろうと思いつきました。
それで、以前お話ししたように『人生何もしない人』と自らキャッチフレーズをつけ(笑)、何もしない毎日を実践することにしました。そうしたら、日常が劇的に変わったんです!」

山下さんは「確かなきらめき」や「人生何もしない人」など、自分にとって大事な出来事や思いに、キャッチフレーズをつけるのだという。
「思いに名前を付けることで、そのときの気持ちをいつまでも忘れずにいられますし、名前があることで日常に応用できるんです」
こうしたポジティブシンキングが、山下さんの強さの源かもしれない。次回、最終回では、どん底からの鮮やかな復活劇と、今後について語っていただくつもりだ。
(つづく)
やました・えり
18歳で仮歌歌手(ガイドボーカル)としてスタジオミュージシャンの道を歩み始め、その25年間にわたる精密な仮歌・コーラス経験から、業界では「仮歌の女王」と称されている。多くのCMソングや人気アーティストの録音に隠れた立役者として活躍。2016年にはTBS系ドラマ『家族ノカタチ』のメインテーマ『Unpredictable Story』とサブテーマをellie名義で手がけ、作詞・歌唱で注目を浴びる。今年25年「作曲家・三木たかし生誕80周年記念プロジェクト」企画で、作曲家・三木たかし氏の未発表曲『水の都』で歌手デビューを飾る。また、ellie名義ではDJ作品やアーティストの楽曲にフィーチャリングボーカルとしても多数参加しており、幅広いジャンルで活躍中。山崎製パンの「ランチパック」、大塚製薬の「ファイブミニ」など多数のCMソングにも携わっている。