「“お前、これを渡すんだから、これから頑張れよ”ということなんだろう」数々の賞を受賞してもブレなかった軸

 デビュー時は、どうしても父・佐藤浩市や祖父・三國連太郎を引き合いに出されることも多かったが、映画俳優として、当初から高い評価を得てきたのである。しかし、当の寛一郎さんは“評価”とは思っていなかったという。

「賞に関しては、なんていうのかな。“お前、頑張れよ”という意味なんだろうなと思っていました。僕はどうしてもゼロからの出発ではないですし、父親がいて、祖父がいて、そうした存在をみんなが知っているなかでデビューした。だから新人賞は、それにふさわしい評価を得たというよりは、“お前、これを渡すんだから、わかってるよな。これから頑張れよ”ということなんだろうと」

 そこからおよそ10年。いまでは、二世や三世というフィルターを通さない層が増えている。

「たしかに分からない人もいると思います。特にいまの二十代とか、それより下の年齢の方は、祖父のことを知らない世代でしょうし」