刺激となったマイナーリーグ選手のハングリー精神
──メジャー時代に何があったのでしょうか?
「いろいろな考え方が変わったんです。投げ方も変わりましたし。トレーニングはもともと走ることをメインにやっていて、負荷をかけるトレーニング、高出力を出すためのトレーニングはあまりやっていなかったんです。
ただ、メジャーに行って“もっと体を大きくしなければならない”、トミー・ジョン手術をしたことで、改めてパワーに耐えられる体にしなければいけないということもあって、やり方をいろいろ変えました」
──41歳で自己最速の149km/hをマークしましたが、メジャーでの変化があって実現できたのでしょうか?
「それは間違いないですね。メジャーでの下地があったうえで、ピラティスなどのトレーニングを取り入れた結果なんですけど、若いときに今の知識があれば150キロも出ていたんじゃないか、メジャーでももっと勝てたんじゃないかと思います」
──メンタル面ではどう変わりましたか?
「野球に対する考え方も変わりました。マイナーにいる期間が長かったので、同じマイナーの選手や3Aの選手たちのハングリーさに触れたことが大きかったです。日本にいた間は基本的に一軍にずっといたので、二軍の選手と交流する機会も少なかったんです。その経験があったからこそ、自分が晩年、怪我をしたり心が折れそうになったとき、踏ん張れたんだと思います」
──もしメジャーに行かなかったら、43歳までは続けられなかったかもしれない?
「40歳まではいけたかもしれませんね。勝ち星は、行かなかったらもっと伸びていたと思います。ただ、経験を含めて、あの4年間がなかったら、野球に対して今感じている深い思いは持てなかったと思います。それぐらい大きな経験でした」
はたから見たら、失敗に終わったように見える4年間。しかし、そこでの経験があったからこそ、日本球界復帰後の活躍があったのだろう。
(つづく)