2002年のドラフト会議で福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団して以降、22年間にわたり第一線で活躍し続けてきた和田毅さん。ホークスのエース時代にMLBに挑戦し、満足な数字は残せなかったものの、日本球界に復帰して再びの活躍。怪我に悩まされた時期も多く、トミー・ジョン手術も受けるなど、紆余曲折の人生を送ってきた。今回は野球人として得難い経験を数多く持つ和田さんに、大谷翔平選手をはじめとする侍JAPANから、古巣・ホークス3連覇の可能性まで、さまざまな話を聞いた。【第7回/全8回】
前回のインタビューでは、メジャーでマイナー生活を送る中、同僚の選手たちからあきらめないハングリーさを学んだと語っていた和田さん。現役時代には、合同自主トレの「和田塾」で多くの後輩を指導、サポートしていた。
──こうした育成も、メジャーでの経験が影響しているのでしょうか?
「そうですね。マイナー時代に見た選手たちの姿を重ね合わせていました。自主トレではもう出来上がっている投手もいましたが、まだまだくすぶっている、なんとか自分を変えたいと考えている投手も来てくれたので。
気持ちは本物だけどやり方がわかっていない投手とか、少しでもいい方向に行って、給料を稼げる選手になるきっかけ作りになればいいなと考えていたので。僕から自主トレに誘ったことはないんですが、“お願いしますと頼まれたらいいよ”という感じでした。
自分も40歳を過ぎてから、まだまだ伸ばせる部分があって、それなら若いときからもっとやっておけばよかったという思いもありました。それを若い子たちに伝えることができますし、自分の成功や失敗の経験を伝えられればと考えていたんです」