1970年『ベイビーブラザーズ』でデビュー後、73年に『フィンガー5』のメインボーカルとして再デビュー。5人きょうだいの4番目、当時から目立ちたがり屋だったという晃のTHE CHANGEとは――。【第2回/全2回】

晃 撮影/イシワタフミアキ

 僕は目立ちたがり屋でした。僕のトレードマークになったトンボメガネのサングラスも、目立ちたい一心で自分で買ってきたんです。

 ステージでわざと振りを間違えたり、コケそうになったりしたのも目立ちたいから(笑)。

 当時はまだ小学生だったから、女性タレントの楽屋もフリーパス。当時の売れっ子だった「白雪姫」の天地真理さんなんか、いつもマネージャー7〜8人にガードされていて、周りの男は口もきけないんだけど、僕はガキだから話もできたし、けっこうかわいがってもらった。

桜田淳子のファーストキスの相手? そして訪れた“変声期”の危機

 そうそう、桜田淳子のファーストキスの相手は僕なんです!

 淳子ちゃんは3歳上で、当時は中3トリオの頃。雑誌の取材で一緒になって、顔を近づけて向かいあったときに、「チュッ」て、彼女の唇を奪っちゃったんだ。

 そしたら淳子ちゃん、泣き出しちゃって。それ以来、僕の顔を見ると逃げ出すようになっちゃった(笑)。

 当時は寝る間もない忙しさだったから何度も倒れたし、学校に行っても寝てばかり。それでも小学校の卒業式ではビシっとタキシードを着てね。取材陣も大勢来てましたから。

 ところが、変声期になっちゃったね。『フィンガー5』は僕のハイトーンボイスが売りだったから、周りの大人たちも焦った。

 で、あるとき、事務所の人に連れて行かれて、病院で女性ホルモンを注射されそうになったんです。変声期を遅らせられるという理由でね。さすがに断ったけど、危ないところだった。この話は恥ずかしくて、当時は親にも兄妹にも言えなかったね。

 その後はボーカルを替えたり、甥っ子を入れたりしたけど、人気は右肩下がり。結局、78年に『フィンガー5』は活動を停止。長男は不動産業、次男は美容師、三男は飲食業、それぞれの道を歩み始めたんです。