立川談志師匠との邂逅が、その後の僕の人生を決定づけた
話が逸れたので、元に戻しましょう。
圓生師匠の『御神酒徳利』に魅せられた後に訪れた立川談志師匠との邂逅が、その後の僕の人生を決定づけたと言っても過言ではありません。あれは衝撃でした。
出囃子に乗って登場した談志師匠は、極めて不機嫌な顔をしていて。で、高座に座って頭を下げた次の瞬間、にっこりと笑って顔を上げる――。あれは卑怯ですよ(笑)。あんなことをされたら、誰だってあっという間に談志師匠の世界に引き込まれてしまいます。
1席目に軽いネタをやって、2席目は大ネタの『らくだ』。途中から鳥肌が立ち、終わった後、頭がぐるぐるして、しばらく立ち上がれないほど大きな衝撃を受けました。いまだにあのときの光景が頭の隅に張りついています。
それなのに、なぜ、談志師匠に弟子入りしなかったのか――。
それは僕が臆病だったからです。勉強し、分析を重ね、自分の心の奥底を覗き込む。なぜあのときの談志師匠を良いと思ったか徹底的に考えました。時間だけは有り余るほどありましたからね。とにかく演芸に時間を費やしました。
そこでたどり着いたのが、談志師匠とは真逆の魅力のウチの師匠。ぽかぽかとした陽だまりにいるような、あるいは、いい温泉に入っているような、そんな気持ちにさせてくれる神田松鯉です。現在、講釈界唯一の人間国宝です。
神田伯山(かんだ はくざん)
1983年6月4日生まれ。東京都豊島区出身。日本講談協会、落語芸術協会所属。2007年11月、講談師・三代目神田松鯉に入門し、『松之丞』。2012年6月、二ツ目昇進。2020年2月11日、真打昇進と同時に、六代目神田伯山を襲名。2018年『第35回浅草芸能大賞』新人賞。2020年ユーチューブチャンネル『神田伯山ティービィー』が、第57回ギャラクシー賞テレビ部門フロンティア賞を受賞。2023年「令和4年度 花形演芸大賞」大賞受賞。
■書籍『講談放浪記』
伯山が名作講談の舞台となった場所を訪ねて、講談の持つ物語としての魅力を紹介。また、他芸能・他ジャンルの城ともいうべき場所を訪ねて、講談という芸能の未来について再考。現場に行っての論考だからこその臨場感が迫ってくる!
2021年から2022年の1年間にわたった文芸誌「群像」連載を大幅加筆。加えて、師匠・人間国宝の神田松鯉氏との師弟対談も収録!
1760円/講談社刊