『科捜研の女』(テレビ朝日系)の土門薫役や、『警視庁・捜査一課長』(テレビ朝日系)の大岩純一役など、長年にわたり多数の刑事ドラマ・サスペンスを牽引し、「連ドラの鉄人」とも呼ばれる俳優・内藤剛志(69)。彼が役を生きる上で貫き続ける哲学の原点には、デビュー作『ヒポクラテスたち』のメガホンを取った大森一樹監督から受けた“強烈な洗礼”があった。名優・内藤剛志のTHE CHANGEとは――。【第1回/全2回】
俺にとって、俳優としての本当の意味での入り口は、1980年の映画『ヒポクラテスたち』です。
それ以前からテレビには出ていたけれど、大きな役という意味では、あれが初めてプロの世界にちゃんと立てた作品。監督は大森一樹さん。かつて自分も医学生だった大森監督が撮った医学生たちの物語でした。
撮影が始まるとき、大森さんから言われたのは「お前は自主映画の代表だ」ということでした。伊藤蘭ちゃんはアイドルの代表、古尾谷雅人はちょうど日活映画から出てきたころで、若手俳優の代表。それぞれのフィールドから代表を集めているんだと。俺は「自主映画の代表」。ずっとそのつもりでいます。
大森さんはずっと、俺たち自主映画をやっていた連中の兄貴分みたいな存在で、いつも引っ張ってくれていました。演技については何も言われたことがありません。本当に兄貴って感じだったので、酔っぱらいすぎて怒られるとか、そういう感じでした(笑)。
あ、でもそういえば一度だけ、かなりきつくやられたことがありました。
「監督、出てこい!」合ってないピントに荒れ狂った夜と、大森一樹監督の鉄槌
当時はフィルム撮影だったので、営業が終わった映画館で、毎日ラッシュ(未編集の映像素材)を上映して、その日撮ったものを確認していました。ある日、俺がしゃべっているシーンで、ピントが俺に合っていない場面があった。
「なんでこっちにピント合ってへんねん」と、イラっときて(笑)。
その夜、古尾谷や柄本明さん、斉藤洋介たちと飲みに行って、俺は荒れに荒れましたね。「ふざけんな、なんだこの映画は」って。大森さんはその場にいませんでした。
そのころ、みんな寮に泊まっていて、俺は先に戻ると入り口でバーンと大の字に寝転んで、「監督、出てこい!」って酔って騒いでいました(笑)。
そしたら目の前に古尾谷の顔がすっと現れて。「ああ、殴られるな」と思って「いいよ、殴れよ」と言ったら「お前さ、みんな心配してるから。監督が、“ひと言声かけてこい”って」。それで終わったんですけどね(苦笑)。
翌日、大森さんに呼ばれて言われました。「お前にはもうラッシュを見せへん!」と。本当に最後まで一切見せてもらえませんでしたね。「映画を評価するなら、完成してからにしろ。これからいろいろ編集していくのに、途中の段階で判断するな!」と。
さすがに俺も大人になったので、セリフを言ってる奴の顔を映しておけばいいわけじゃないってことも分かります。