90年代から“美のカリスマ”として君臨する君島十和子。モデルからはじまり、美容家のパイオニアとして活動してきた彼女が今年5月30日で57歳を迎え、“アラ還”の冠がつくことには驚くばかりだ。さまざまな波乱に向き合ってきた君島さんの人生におけるTHE CHANGEとはーー。【第2回/全5回】 

君島十和子 撮影/三浦龍司

 1995年当時のワイドショーが記憶の断片にある人なら、誰もが知っているだろう君島家の長男、誉幸さんと結婚したことで。“君島家のお家騒動”の渦中に放り込まれてしまった十和子さんは、想像を絶する恐怖にさらされていた。

 凛とした力強い眼差しで、当時を振り返る。

君島「命の危険を感じたこともあります。弁護士さんの事務所に行きたいのに、マスコミの方がたくさんいてエレベーターが使えない。だから外の非常階段を登っていると、後ろから追われるように、タタタタタン! と駆け足で登る音が聞こえるんです。“これ、現実社会よね!? ドラマ撮ってるんじゃないわよね!?”みたいな」

ーーそんな危険な場所で、恐ろしいことが。

君島「人間って追われれば逃げるんですよ。足場がスカスカの外階段を、なんとか駆け上がっていました」

 そんな命の危機にさらされても、君島さんは達観していた。「当時は恐怖でしかありませんでしたが、その人たちだって仕事ですもん。自分がやりたくてやっているわけじゃないから」と、まさに「人を憎まず」の境地にいたことを、さらりと示す。

君島「こんな、登場人物の名前しか合っていないような物語が毎週のように書かれたり流れたりして、なぜこんな捏造をするんだろう、と思ってました。でも、それは彼らの糧なんです」

ーーそんなことが毎日あったら、精神的に参ってしまいそうです。