自転車で名画座に通いつめた学生時代

――学校外での勉強というと、どのようなことを?

「映画をよく観に行っていたのが中高生の頃ですね。中学に入ってから、文芸座や名画座まで自転車で観に行っていました。当時は、映画を観ようと思ったら『ぴあ』や『シティーロード』というような情報誌と学生証を持っていけば、350円から500円くらいで3本立てを観ることができた。

 地元の中野には名画座と中野武蔵野館っていう映画館があったし、パール座、新宿文化劇場、早稲田松竹……。色々と自転車で観に行っていましたね」

 なかでも印象に残っている映画館があるという。

「『中野光座』っていうポルノ映画館もあったんです。当時はポルノ・ピンク映画と呼ばれていた文化があった。成人映画って、本来なら18歳未満は観ることができなかった。でもね、当時ユルかったんです。今はコンプライアンス的にアウトかもしれない。当時は映画館の人もなにも言わなかったんですね」

 映画少年だった大槻さんが熱中した映画の中には、現在では名監督と呼ばれる監督たちが若手時代に撮影した作品があった。

「80年代にポルノ・ピンク映画の監督をしていたのが、たとえば森田芳光監督や、井筒和幸監督、滝田洋二郎監督っていう、現在の映画界の巨匠なんです。やっぱりね、彼らのような監督の映画って、なにかが違ったんですよ。 」

大槻ケンヂ 撮影/川しまゆうこ