「よろしくおねがいいたします」

新垣隆 撮影/片岡壮太

 われわれ取材班が待つ部屋にやってきた新垣隆さんは、どちらが取材対象者か分からなくなるほど深々と丁寧にお辞儀をした。テレビなどで見る、あの静かで優しい印象そのままに。

「耳が聞こえない作曲家」としてブレイクした佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏のゴーストライターをつとめていたことを告発した会見から10年近くの歳月が流れたいま、実際に創作の現場では何が行われていたのか、当時を振り返ってもらった。

「当時は編曲や伴奏の仕事をしていたんですが、ある時バイオリン奏者の友人に“編曲の件で相談を受けてるんだけど協力してもらえないか”という連絡をもらったんです。やり取りをしていくと本人から電話が来まして、それが佐村河内さんでした。

 話を聞いてみると、佐村河内氏はある映画の音楽を担当することになっていて、曲調としてヴァイオリンなどの弦楽合奏の音楽がふさわしいということになったのだけれど、自分はやり方がわからないから助けてほしい、ということでした」

 弦楽合奏とはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの4つで演奏する合奏の形式のことで、クラシック音楽でみられる編成だ。

 ではなぜ弦楽合奏の作り方がわからない佐村河内氏にそのような仕事がきたのだろうか。新垣さんの話を聞いてみると、そこには1980年代に起きた革命的な音楽制作のプロセスの進化が関係していた。